第155話 【別件】ニヴルヘイム銀河の第二銀河共和国

 ニヴルヘイム銀河の第二銀河共和国は巨大な国家だ。

 かつて"始祖"が隣の銀河からかろうじてたどり着いたこの銀河で、奇跡的な形で最初の入植が行われた。


 その最初の入植地だった惑星アルヴィースは聖地であり首都であった。

 そのアルヴィースに接近する巨大な影があった。


 全長10000メートルもの巨大な戦艦グンスラーだ。別名、大軍船だ。

 武官であり、故郷である渦巻き状銀河に派遣されたばかりのグリッテル大佐の乗艦だ。グンスラーはリアクト機関をふかしながら減速しつつあり、数時間かけてゆっくりとアルヴィースの惑星軌道へと入っていった。


 アルヴィースには聖地と聖遺物、ぽつんと存在する宮殿くらいしか存在しない。

 海が8割、陸が2割。

 基本的には護衛の神聖隊とこの惑星を事実上統べる象徴的君主と総督しか住んでいない。


 この惑星に来ること自体はグリッテル大佐は好きだった。

 いつも敬虔な気持ちになれる。

 宮殿も、その庭園も、その周囲にある丘、どこまでも黒い漆黒の海。どこまでも静謐だ。


 遠くから聞こえる巨大な波の音。そのうねりの下には"始祖"の仲間が眠っている。温度の低い海水のため遺体は腐らずに保存されているという。


 そして"始祖"がこの惑星に記した最初の一足……実際の足跡。そこがすべて保存されているから聖地なのだ。


 しかし始祖の力を受け継ぐという象徴的君主のリア・ファル・シャノン、そしてその配偶者であり総督のサートゥル・ファル・シャノン。その2人は苦手だった。


「はぁ……」

 グリッテル大佐は体格に似合わず弱弱しいため息をついた。

 しかし気を引き締め直し、軍帽をかぶって戦艦グンスラーから短艇に乗り移った。


 衛星軌道に乗ったグンスラーはゆっくりと周回している。

 短艇の視察窓から肉眼で見るグンスラーは本当に巨大だ。

 この大軍船を何千何万と所有する第二銀河共和国はこの世で最強の国家だ、とグリッテル大佐は誇りに思った。


 短艇は大気圏に突入しほどなくして聖地付近の宇宙港に降り立った。

 ここも簡素なものだ。

 神聖隊の白い制服を着こんだ護衛の者たちが管制から誘導、警備まで全てこなしている。彼ら、彼女たちも"始祖"に仕える使徒たちと言えた。


 宇宙港から宮殿まではすぐだ。

 迎えの車が来ていたのでそれに乗る。

 

 この規模の国にしてはこじんまりとした宮殿が見えてきた。

 知らない者が見たとしたら、大きさとしては個人の邸宅としては大きいが、これが宮殿と言われると首をかしげるほど小さなものだ。


 壮麗・華美というよりもシンプルな聖堂のような雰囲気の建物だ。

 木で出来た門が開く。


 グリッテル大佐は車から降りて宮殿の奥へと向かった。

 自然な木の色と石を組み合わせた美しいといっても良い宮殿ではあったが、グリッテル大佐は向かう先から何となく嫌な気配を感じていた。


 始祖の敬虔な信者である一方、スピリチュアルなものは一切信じていないグリッテル大佐ではあったが、この嫌な気配は本物だと思っていた。そして今日は特にその感じが強い。

 彼は冷や汗をぬぐいながら、つばを飲み込んだ。


「グリッテル武官」

 危なく彼は飛び上がるところだった。

 この声は聞き覚えがある。落ち着いていて、やけに抑揚のない声。


 あわてて大佐は声のした方向に御辞儀をした。

「サートゥル総督」


 その先には年齢不詳の小柄な男性が立っていた。

 ゆったりとした着こなしのローブの上に木製のアクセサリー。頬には白い傷跡が残っていた。わざと消していないと聞く。


 間違いなくサートゥル・ファル・シャノンその人だ。このニブルヘイム銀河の政治のトップだ。

「さっそくだが……」

 グリッテル大佐は頭を下げたまま次の言葉を待った。


「あちらの銀河はどのように降伏してきたのかな?」

 これだ。

 成功が当然であって、どのように成功したのかと聞いてくる。それがサートゥル総督だ。彼は失敗をしたことがないのだ。少なくとも配偶者であるニブルヘイム銀河の象徴上の君主リア・ファル・シャノンと出会ってからは。


「は……」

「そうだ、頭をあげてくれ。キミの目を見て話しを聞きたい」


 グリッテル大佐はおそるおそる目をあわせた。

 黒い瞳。

 どちらかというと柔和な表情だと思うが、その瞳はそこ無しに真っ黒だ。

 これが"始祖"の力の影響を受けず、増幅させるという"適合者"の視線。


 遺伝的な改造を施されたとも、偶発的に発生したともいわれる。

 

「は……ざ、ざ、残念ながら彼らは保留ということに」

「保留……?」

 サートゥルは意味が分からない単語を確かめるかのようにつぶやいた。


「保留とは……? つまり降伏していないと……」

 まさしくその通りなのだが、肯定の言葉がどうしても出てこなかった。


「不思議なこともあるものだね」

 サートゥルは微笑を浮かべた。グリッテル大佐は全身から汗が噴き出してくるのを感じていた。この微笑で滅ぼされた「まつろわぬ者たち」がどれほどいたことか。


「サートウル」

 どこかからか声が響いた。

 サートゥルはグリッテルから視線を外した。彼の目は虚空を見つめている。


「皆で話しましょう」

「……分かったよリア」


 それはこの国の象徴的君主リア・ファル・シャノンのものだった。


 


 

 



 

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