第154話 【提案】大統領候補アドリア・ヴァッレ・ダオスタ
アドリア・ヴァッレ・ダオスタは、きらびやかな服装をしているといっても、よくみるとスーツの上に派手で七色のファーマフラーをゆるく巻いているだけのようだ。もっともアクセサリーはかなりじゃらじゃらと派手だ。
彼女に押された形でホテル「トライアンフ」のレストランの個室を押さえてもらい、それぞれ背後に護衛を1人置いた状態で対峙することになった。
彼女についているSPは大統領府の警備部隊で、軍隊とは少し毛色が異なる。
どちらかというと警察の特殊部隊のような雰囲気だ。
スーツを着込んでいるが拳銃を吊っているのが分かる。
こちらの護衛で残ったロッテーシャは油断なくSPの手元を見つめていた。
テーブルにつくと給仕が冷たいコーヒーを2つ運んできた。
アドリアはそれを一口飲むと、挑戦的な視線を送ってきた。
「さて、スズハル幕僚長……いや、スズハル提督といったほうがしっくりくるわねぇん」
相変わらず独特な喋り方だ。
「初めてお会いしますね」
「会うのはね……でも……」
彼女の目には一瞬、凍り付くような、あるいは燃え上がるような相反する光が宿った。
「スズハル提督がフォックス・クレメンス社を潰したことを忘れてないわよぉん」
涼井は彼女の視線を受け流しながら表情を消した。
フォックス・クレメンス社といえば以前に涼井が帝国のヴァッレ・ダオスタが糸を引いているとみなして工作活動の拠点となっていたデイリーアテナタイムス社と共に接収した民間企業だ。その社長のジェスター・クレメンスというのは実は帝国の六大選帝公の1人、ヴァッレ・ダオスタだった。
「あれのおかげで共和国内に根を張る父の計画がパァになったのよぉん」
「……恨みを抱いているというわけですかね」
涼井はストレート球を送ってみた。
アドリアも一瞬表情が消えるが、やがて見下すような笑顔を浮かべた。
「……それでもヴァッレ・ダオスタ家の資産がどうこうなるレベルではないわぁん」
「そうですか」
帝国において数万隻の私兵艦隊を動かすことのできるヴァッレ・ダオスタ家の財力はかなりのものだ。下手をすると中小規模の国家であるリマリ辺境伯領やクヴェヴリ騎士団領よりも上だ。
とはいえヴァッレ・ダオスタ公は現在、ヴァイン公リリザを推す貴族たちに押されて事実上、お家取り潰し、本人も共和国の捕虜となっていた中で、相当に使える資産は減らしたはずだ。フォックス・クレメンス社の喪失も彼女たちにとっては打撃のはずだった。
「さて、本題に入るわねぇん」
アドリアがぎらりと目を光らせた。
野心や野望というより目の前の獲物を食い殺そうとする大型哺乳類のような目つきだ。
「スズハル提督みたいな救国の英雄が、ノートン元帥のブレーンの一人になる……というのは望ましくないわぁん」
「なるほど」
「もう察していると思うけどぉ、あーしの基本的な政略は共和国1200万人の現役軍人、その家族、退役軍人を票田として取り込むことよぉん」
彼女はこちらの表情を観察しているようだったが、長年のクライアントや取引先とのバトルで鍛えられた涼井の表情筋は揺るがなかった。
アドリアは諦めたように話をつづけた。
「つまり地味なノートン元帥よりもスズハル提督、貴方がノートン元帥支持を表明することがまずいのよぉん、かなりの人数が引きずられると思っているわ、そうなると保守党の候補者がノートン元帥になる可能性がある。そこで……」
彼女は椅子に置いていたバッグから何やら小切手を取り出してきた。
そこにさらさらと何か書く。
そこには100万
アドリアは脚を組み替えて笑顔を見せた。
「これがあーし達の誠意よん」
涼井はちらりとその小切手を見た後、アドリアの目を見つめた。
「誠意、とは?」
「察しが悪いわねぇん……要するにノートン陣営を離れてこちらにつくか、せめて中立を表明しなさいって言ってるのよぉん」
「この金額で?」
涼井はさきほどノートン元帥に|1億
「そうよぉん、元帥のお給料なんて名誉職でもたかが知れてるわん。年収額の何倍もの金額を現金で今すぐ払うって言ってるのよぉ」
だいたいこの世界の1
地球とは物価がだいぶ違う部分もあるが、何となくアメリカほどではなく、惑星ゼウスでも日本の東京とかの物価に近いようだった。
もちろん天然素材や、人間の手が関わるような食品、製品は非常に高い。
本物の牛肉的なものを食べるとすればびっくりするような金額になる。
しかし味は殆ど同じで合成肉で良いなら途端に安くなる。
涼井はふっと笑った。
「受け取ってくれるということかしらぁ?」
「いえ、これには興味ありませんね。 話はこれだけですか? では」
涼井はさっと立ち上がってロッテ―シャと共に退室した。
後には突然の涼井の退去に茫然としたアドリアが残されていたのだった。
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