第151話【緊急】開拓宙域の防衛計画

――グリッテル大佐が去った後、にわかに開拓宙域にあわただしい気配が流れていた。

「なかなか壮観だな」

 白髪に近い金髪の青年が戦艦オー・ド・ヴィ改のメインモニタを見つめながら唸った。リシャール公だ。

「すでに軍港の建造は10%は終わっていますよ」若々しい貴族風の青年が言う。こちらはルーション子爵。

「艦隊も少しづつだが増強している」背の高い鷲鼻の男……ロアルド提督も同じモニタを見つめながら言った。


 彼ら3人の見つめる先には惑星ドゥンケルの惑星軌道上に建設されつつある新たな軍港があった。惑星軌道上にはセラミックの立方体がいくつも連結され、長大なリングを構成していた。ドゥンケルの赤色巨星の赤い光に照らされたそれは血の色にも見えた。そして軍港の周囲に大量の工作船や、警戒にあたる傭兵艦隊ヤドヴィガの船艇が映し出されていた。


 艦艇群はリアクト機関を出力低めにふかし、ゆっくりと惑星周辺を警戒している。


 銀河商事の拠点であった開拓宙域の最深部である惑星ドゥンケル、カジノ惑星だったモルトでは急ピッチで工事が進められていたのだった。


 武装商船やミリタリー・グレードの艦艇が行きかい、惑星ドゥンケルに存在した艦艇密造工場では盛んに艦艇が建造されていた。さらにその建造スピードを加速させるために重機、生産機械が密輸業者や海賊の手によって続々と運ばれていた。


「数年前はこういうことになるとは思ってもみませんでしたよ」

 ルーション子爵が言う。

「私もだよ。しかもちょくちょく干戈かんかを交えた連中と肩を並べるとはな」

 リシャール公がちらりとロアルド提督を見る。

「小官だってそうだ。まさかあのリシャール公と共に戦うことになるとは思ってもみなかった。なかなかあの攻撃には苦しめられたものだ」

 ロアルド提督はくっくっと肩を震わせて笑った。

「貴公のねちっこい戦い方も厄介だったがな」

「粘り強いと言ってくれ」

「この場合、ニヴルヘイム銀河の連中を迎え撃つには頼りがいのある男だと思っているぞ」

 リシャール公は次の戦いを待ち望むような凄みのある笑顔を浮かべた。


――帝国と共和国において公式にはニヴルヘイム銀河からの使者が来たことは発表されなかった。しかし緊急性も非常に高いのもあり、帝国と共和国の外交担当はそれぞれ接触し協議を始めていた。


 一方、こちらの銀河のディスクからみて直上に存在し、まさにニヴルヘイム銀河に向かう方向にある開拓宙域や、開拓宙域と接するロストフ連邦は、一種の最前線の離島のようになっており、ニヴルヘイム銀河からの侵略があるとしたら、まずこの2つの地域ではないかと涼井は考えていた。


 もちろん迂回して攻撃してくることも十分に想像できるのだが、彼らはあまりこちらの地理を把握できているわけではないらしいのと、いくら彼らの銀河間航行技術でもその兵站線はすさまじい長さになるため、どこか拠点を取りに来るだろうと予想された。


「ロストフ連邦は我々の進駐を解いたとはいえ、艦隊の大部分を失いましたから防衛作戦は厳しいでしょうな」

 統合幕僚本部の統括官として涼井を支えるバークが言った。彼は少将の階級章を装着していた。

「そもそも他の国にどう警告するか、それも問題だね」

 涼井は開拓宙域から惑星ランバリヨンにやってきていた。

 惑星ランバリヨンにはヘルメス・トレーディング社の本社があり、いまもヘルメス・トレーディング社は現役で活動していた。


 もともとは共和国の機密費で作った会社だったが、海賊たちによる護衛サブスクリプションがうまくいっていたのと、銀河商事が事実上活動しなくなったことにより、開拓宙域の物流を、他国との交易を一手に引き受ける一大商社に成長していた。


 社屋の拡張も進み、社員も増えた。

 すでに機密費はノートン元帥経由で返済済のため、このヘルメス・トレーディング社は事実上涼井のものと言っても良い状況になっていた。


 共和国軍統合幕僚長にして開拓宙域で急成長したヘルメス・トレーディング社の代表を兼ねるという、その恐るべき姿はノートン元帥や直属の部下たち、帝国皇帝リリザなど一部しか知らなかった。


「提督!」

 ランバリヨンの軍港に到着した時、何者かが走ってきた。

 ロッテーシャが反射的に涼井の前に出る。

 

 走ってきた人物はどこか見覚えのある初老の男だった。

 サミュエル元帥だ。


「サミュエル元帥! ご無沙汰しています」

「提督……良かった。ちょっと困ったことになっているのだ」

 

 サミュエル元帥は、大統領選に出馬するノートン元帥の重要なブレーンとなっていたはずだ。


「どうかされましたか?」

「大統領選候補に……ヴァッレ・ダオスタ公の娘、アドリア・ヴァッレ・ダオスタが出てきたのだ!」


 それは共和国の新たな動乱を予感させる一言だった。

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