第150話 【他社資料】第二銀河共和国
――ニブルヘイム銀河が統一されたのは10年ほど前のことだった。
"始祖"によって作られた”第二共和国”が成立したのが180年前。
それよりさらに20年ほど前に"始祖"は故郷である銀河から探査船によって運ばれてきたという。
当時の技術では銀河から銀河の探査は100年以上かかるのが通例だった。
そのため別の銀河の探査というのは一時盛り上がり、多数の探査船が建造され元の銀河から旅立っていった。
その大多数は失敗したが、"始祖"が乗った探査船がようやくニヴルヘイム銀河に無事に到達し、そして彼らはそこに入植を始めたのだった。そして"始祖"が国を建設したのだった。
「ふぅ……何度読んでも素晴らしい記録だ」
グリッテル大佐は満足して"始祖の書"を閉じた。
その書はニヴルヘイム銀河に原生していた大木を削りだして繊維質を取り出した……いわゆる紙で出来ている。非常に貴重な宗教的アイテムだった。
グリッテル大佐は敬虔な始祖の信者だった。
彼は指揮官席に深く腰掛けると目を閉じしばし瞑想にふけった。
彼の想像の中では顔の見えない始祖がほめたたえてくれているのだった。
力を使わずに屈服させるという目的は達することはできなかったが、この巨艦巡洋戦艦グンスラーの威力をまざまざと見せつけることができた。遠からず交渉はうまくいくだろう。グリッテル大佐はそう考えていた。
すでに何か月も航行していた巡洋戦艦グンスラーは、順調にニヴルヘイム銀河の領域に到達、ヴォルテンハイム式時空間拡縮機関を逆作動させた。
グリッテル大佐にとっていつも不安になる瞬間だ。空間を圧縮するために見せかけのスターボウが発生するが、その虹色の光をメインモニタから見つめていると、いつか誤作動を起こすのではないかとグリッテル大尉はそういう不安に駆られていた。
「超弦通信が入っていますが」
指揮官下方のオペレーターが報告してきた。
不安に駆られたのはどうやら妄想ではなかったらしい。こういうタイミングで通信をかけてくる人物などだいたい限られている。
「つないでくれ……」
「グリッテル武官」
通信を繋ぎ終わるより前に食い気味に映像ごと入ってきた人物がいた。
精悍な顔立ちの青年だ。黒髪に薄めの顔立ち。強い意思と無表情が同居したような奇妙な感情がこもった漆黒の瞳の持ち主だった。きらきらと煌めく勲章を軍服の上に身に着けているが、彼は文民でありその最高峰に位置している。
「サートゥル総統」
グリッテル大佐は立ち上がって深く御辞儀をする。
内心舌打ちを禁じえなかった。
このタイミングで通信してくる人物の中では最悪だ。
サートゥル総統と呼ばれた人物は形だけの微笑を浮かべた。目は虚無だ。グリッテル大佐は居心地の悪さを感じた。
「始祖の故国のことだが……どうだったかね?」サートゥルが問うた。
「はっ……残念ながら初回ですのでまだ何とも……しかし我が方の力は十分に見せつけることができましたかと」
「ふむ……」
サートゥル総統は考えるような仕草を見せた。
グリッテル大佐は内心で二度目の舌打ちをした。あの見透かすような瞳は通信を介してでさえこちらの心中をだいたい推しはかることができているはずだった。
「まぁいいだろう。我々は銀河の統一に成功した。そしてその戦力の向かう先はない。まつろわぬ者共の抵抗もほぼ終息している。仮に外交交渉で失敗しても武力で全てを奪い取ればよいのだからな」
「はっ……」
「グリッテル武官、君は帰還次第、総統府の会議に出席したまえ。妻が……リアも出席する」
グリッテル大佐の背筋に冷たいものが走った。
あの"化け物"が出席する!
尊敬すべき"始祖"の力を受け継ぎつつも歪な形で昇華させた
「いずれにしても偵察の結果を楽しみにしている」
サートゥル総統は通信を切ったようだった。
グリッテル大佐はしばらくして大量の冷や汗をかいているのに気付いた。
総統だけならまだしも、象徴的とはいえ君主・聖石の女王リア・ファル・シャノンが出席する。それは波乱を意味していた。
「あの連中め……」
グリッテル大佐は脳裏に、眼鏡から陰険な光を放っていた男や、銀髪の皇帝を思い浮かべた。
「あのまま降伏していればよかったと後悔することになるぞ……」
それは彼にとって必ずしも負け惜しみを意味していたわけではなかったのだった。
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