第149話 【分析】巡洋戦艦グンスラー
ニブルヘイム銀河の巡洋戦艦グンスラーに帰還したグリッテル大佐はイライラを隠せずに指揮官席の周囲をうろついた。
全周司会のメインモニタには惑星ドゥンケルとうすぼんやりした赤い光を放つ赤色巨星が映し出されている。
「あいつらめ!」
グリッテル大佐は飲みかけのコーヒーをモニタに向かって投げつけた。
「こんなものではなく酒でも持ってくるのだ!」
怒鳴りつけるとあわてて侍従の少年がワインとワイングラスを持ってきた。
グリッテル大佐はグラスにも注がずそのままがぶがぶとワインを飲んだ。
上気したグリッテル大佐は指揮官席に座ると、ふと意地悪なアイディアを思いついた。
「よし、ちょっと嫌がらせして帰るとしよう……」
彼は指揮官席の下方に座るオペレーターたちに何か指示を下し始めたのだった。
外交交渉ともいえぬ外交交渉を終えたはずの巡洋戦艦グンスラーが動き出したのはそれから半日近くも立ってからのことだった。
ルーション子爵の率いるヤドヴィガの500隻は監視するようにしてその巨艦を取り巻いていたが、グンスラーは何の予告もなく突然動き出した。ルーションの艦隊もその動きにあわせるように慌ててリアクト機関の出力を上げた。
「いままで静かにしていたのは焦らせてやろうという嫌がらせか?」
ルーションがメインモニタ越しに巡洋戦艦グンスラーをにらみつけた。
巡洋戦艦グンスラーはぐんぐんと速度を増す。方向は開拓宙域のさらに向こう、現在の共和国や帝国の技術では虚空とされる方角だ。その先にはニヴルヘイム銀河が存在する。
グンスラーの集束ノズルからは強烈な青白い光が放たれた。リアクト機関の出力を上げているのだろうか。
「まだついていける速度だ……各艦最大出力!」
ルーションの指示でヤドヴィガの船艇も最大出力を出す。
軍用規格品に比べると出力はいまいちな部分もあるのだが、それでも全員が努力した。
しかしゆっくりとだが着実にグンスラーの速度は増していった。
ヤドヴィガの船艇の中にはついていけない船も出てきた。
軍用規格品に近い船か高速を売りにした武装商船がぎりぎりついていける速度域だ。
グリッテル大佐はぼろぼろと脱落していく
「この高速についてこられるはずがない。所詮は技術が停滞し発展することをやめた原始人だ。土人みたいなものだよ」
グリッテル大佐はうまそうにワインを飲んだ。
「よし、第二段階に行くとしよう。ヴォルテンハイム式時空間拡縮機関起動!」
「はっ!」
オペレーター達があわてて忙しそうに入力を進めていく。
立って歩いていたスタッフや当直将校たちも自分たちのシートに走っていく。シートに着席できた者はセーフティバーをおろした。
「ヴォルテンハイム式時空間拡縮機関始動します!」
オペレーターが叫ぶ。
グリッテル大佐はニヤリと笑って自身のセーフティバーをおろした。
瞬間、重力制御が途切れ、ふわっと体が浮く感触、一瞬、引きちぎられそうなあらゆる方向へのGがかかる。
「うぉっ!」
ルーション子爵が驚きの声をあげた。
巡洋戦艦グンスラーはリアクト機関を停止したように見えた。
そのまま慣性でふっとんでいくため、加速し続けていたルーションの艦隊と少し差が縮まっていた。しかしその次の瞬間、きらめく虹色の光がグンスラーにむけて集約されたかと思うとレンズ状になり、そしてそのままグンスラーは目の前から消え失せていた。
正確には光学的な距離から離れ圧倒的な加速でニヴルヘイム銀河へ向かっていく姿はセンサーがとらえていた。
「分かってはいたが速すぎる……」
ルーションはそうつぶやくと提督席に座り込んだ。
速度的に攻撃が当たらないわけではなさそうだったが、1万メートルを越す巨艦が、こちらが不可能な速度で加速していくのを見せつけられたのはさすがにショックではあった。
「なるほど」
ルーション子爵が提出したデータと報告を前に涼井は唸った。
ここは惑星ドゥンケルの旧銀河商事の重役用会議室だ。黒を基調にした落ち着いたデザインの会議室だった。
「これはなかなか厄介だぞスズハル」
白に近い金髪、堀の深い顔立ちの青年、リシャール公が自身の端末を放り出し、腕組みして同じように唸った。彼はロストフ戦役以降、ロストフの進駐は解き、開拓宙域の実質的な総督のようなポジションについていた。
「我々の速度の数十倍は出ている。データによると加速自体はさらに行われているようなので、最高速度はもっと早いかもな。銀河間航行技術というのはまやかしではないようだぞ」
リシャールは涼井をみる。対策は? とでも言いたげな表情だ。
「まぁこういう想像できない事態の時は、まずは分かっていることだけを整理するしかないだろうな」
涼井が口を開く。
「む……」
「いずれにしても技術的な分析もしよう。同時に各国とも調整を進めよう」
「……確かに今は仮定の話が多すぎるな。承知した。ロアルド殿と協力して開拓宙域はニヴルヘイム銀河の観測と監視を徹底しておこう、スズハルは対策を頼む」
「もちろん」
涼井は安心させるような笑顔をリシャールに向けるのだった。
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