第148話 【交渉】降伏勧告

 グリッテル大佐はその後しばらく惑星ドゥンケルの貴賓室に滞在した。

 惑星ドゥンケルはもともと銀河商事の密造戦艦の拠点でもあり、本社ではないが実質本社機能を持った施設が建造されていた。

 そのためかなり地位の高い相手を迎える部屋や宿泊施設などが十分にそろっていた。


 グリッテル大佐の護衛も武装を解かれることなく十分な待遇を受けた。

「ふむ……なかなか良い調度品だ」

 グリッテル大佐はその貴賓室をうろつきまわった。

 天然素材の木材や石材などもふんだんに使われ、食事や酒などの飲み物にも困ることはなかった。捕虜ではないので監視付きではあったが外出もできた。


 彼が見た範囲ではこの惑星ドゥンケルは相当なスタッフを抱えた一大拠点に見えた。


「ここが軍の本拠地か……」

 グリッテル大佐はそう直感した。

 もともと銀河商事の事実上の本社機能かつ傭兵艦隊ヤドヴィガの拠点でもあったため、そう誤解させるには十分な規模だった。


 待たせるのは協議と調整に手間取っているからだ。

 そうグリッテル大佐は考えていた。

 はっきりと「降伏勧告」と口にしたのだ。

 こちらの戦力はどうあれ、銀河と銀河を渡る巨艦を見たこの銀河の人類は震えあがっていることだろう。


「おぉ我らが”始祖”よ、感謝します」

 グリッテル大佐は拳を体の中心にあてた。 

「我らが始祖の故郷をついに我らがものにする時が来たのです」

 彼は感謝の涙を流していた。

 

 もうしばらくしてグリッテル大佐は会談に呼び出された。

 彼は護衛兵と共に意気揚々と外交官の案内に従った。

 おそらく結論が出たのだろう。

 これだけの技術格差を見せつけられればそうなるに違いない……


「ようこそグリッテル大佐」

 第二銀河共和国のグリッテル大佐はそのまま惑星ドゥンケルの施設にある部屋に通された。そこは硬質ガラスでこの人の住むことのできない赤茶けた大地を一望できる部屋だった。

 そこはかつて銀河商事のロンバルディアが使っていた社長室だ。

 機密度の高い打ち合わせを行う場所としても使われる。

 そこでは眼鏡をかけ軍服に身を包んだ男が待ち受けていた。涼井だ。


 涼井は奥に腰かけ腕組みをして待ち構えている。

 ふつうなら来賓は上席に導くのだが、涼井はあえてこの配置にした。

 そしてこの惑星に到着した時に声をかけてきた帝国皇帝のリリザも同じく涼井の左隣に着席している。右側には国務大臣アレックス。彼も無表情で待ち構えていた。


 背後の凄絶な景色や涼井の態度、ただならぬ様子の銀髪の帝国皇帝にグリッテルは若干鼻白んだようだが、それでも威儀をとりつくろい、涼井の薦めるままに末席に座った。


「さて……あらためてご用件を伺いましょうか」

 涼井は鋭い眼光を発してグリッテル大佐を見つめた。

 何となく彼は居心地の悪さを感じた。


 リリザも冷たい目でグリッテル大佐を見据えている。


「用件はすでに通信で話したはずだ」

「……あらためて伺いたい」涼井は冷たく言った。

 予想外の態度にグリッテル大佐はイライラを隠せなかった。

「降伏勧告だ」

「条件は?」

「……無条件だ。君たちはすべて武装解除し我が第二銀河共和国軍の進駐を受けいれていただきたい」


「それに従うべき理由は何ですかな」アレックスが口を開いた。

「……第二銀河共和国は偉大なる始祖の元、数年前に統一を果たした。我らは始祖の故郷であるこの銀河を支配圏に組み入れることにしたのだ。この圧倒的な技術力、戦力の格差。従ったほうが良いだろう」

 

 グリッテル大佐はふんぞりかえった。


「断ったら?」

「我が軍が侵略する」


 アレックスはため息をついた。

「話になりませんな。一時的な和平条約を結びお互いの理解を深めるというのは?」

 

 グリッテル大佐は鼻で笑った。

「ありえない。なぜ現地人にそんな待遇を?」

「ふむ……」

「……理解していないようなのでお教えしよう。我が第二銀河共和国……統一ニヴルヘイム銀河は統一後、圧倒的な軍を持っている。こちらだけではない。すでにムスペルヘイム銀河にも軍を送っている。1年もかからずにあちらも征服できるだろう」

「……ムスペルヘイム銀河とは?」

「君たちとは名称が違うのかね。その拙い銀河間探査能力で調べてみるといいだろう」


 涼井は口を開いた。

「不当な要求には屈することはできませんな」


 グリッテル大佐はぴくりと眉を動かした。

「何が不当だと言うのだ。当然のことだ」グリッテル大佐が言う。

「ずいぶんな話ですこと」

 リリザも発言する。帝国皇帝らしい口調だった。

「アルファ帝国皇帝として聞き逃せませんわね。一方的に降伏勧告とは。もう少し丁寧な態度をとらないと後悔することになりますわよ」

「それに我らが艦隊が迎え撃つことになりますね」涼井も言う。 


 グリッテルの目には怒りの色があらわれた。

 数秒黙り込んだの後に言う。

「地の利があるとか数が多いとでも? 所詮は小舟だ。我らが艦隊の前には敗北するしかないだろう。もう数日やろう。結論を出すがいい」

「……結論は変わりませんな。……お引き取りを」アレックスが言った。

「しばらくすれば君たちは泣いて自らの決断を後悔することになるだろう」


 グリッテル大佐は憤然として立ち上がった。

 アレックスの補佐をしていた外交官が立ち上がって彼らを案内する。


「……いっそとらえて情報を吐かせてはどうですか?」

 涼井がアレックスを見た。


「いや……それも考えたが次の出方を待ちたい。どうせ来るならいつかは来るし準備はしておいてくれ」

「わかりました。ではいったん無事に返しましょうか」

「そうね、私もそれがいいと思う」リリザの口調は外交儀礼を抜きにした口調に戻っていた。

「ただ……本当にやってきたらかなり苦しい戦いになる」

「えぇ……いずれにしても共和国は準備をします。帝国とこのことについて実務レベルで詰めさせてください」

「もちろん。そうしましょう」


 いよいよ風雲急を告げる。涼井はそう予感していたのだった。


 

 

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