インターミッション2 惑星アフロディーテの憂鬱 その2

 リゾート惑星アフロディーテ。

 その軍高官御用達の「グランドシーホテル」の入り口をくぐると、ちょっとした広さのロビーになっていた。入口からまっすぐ正面に本物の木材でできているように見えるカウンターと受付。

 

 そして涼井の目を引いたのは、正面の壁にかなり大きなサイズの絵画がかかっていたことだった。


 このデジタルしかないと思われた世界にも関わらず、どうやら本物のキャンバスに描かれた、地球における肖像画と似たようなものに見えた。


 その絵画は肖像画だった。

 30代から40代前後くらいだろうか。

 帝国風の夜会ドレスを着た年齢不詳の女性がこちらを向いてわずかに微笑している、よくある構図だ。


 気になるのは絵画はすっぽりと壁の中におさめられ、さらにその上から防犯のためだろうか、硬質ガラスか何かのカバーがしっかりとかけられていることだ。貴重な品なのだろうか。


 涼井が見入っているとカウンターの中にいた女性が話しかけてきた。

 きっちりとしたスーツを着こなした20半ばくらいの人物だ。ネームプレートにはオリビア・ワトソンと書かれている。彼女は水色の瞳をくりくりと動かした。


「ようこそ……スズハル閣下でいらっしゃいますね。この絵が気になりますか?」

「えぇ……そうですね」

「この絵は、このホテルを建てたグランドシーホテルの創業者、ジャネットです。当時の共和国軍高官の奥様でいらっしゃいましたのよ……もしご興味があれば冊子を端末にお送りしましょう。さてチェックインですね?」

「そうですね……お願いします」


「当ホテルは……初めてのご利用のようですね。少し時間は早いですがお部屋の準備はできています。宿帳は手配の段階でリリヤさんから送られていますね……キーはこちらです」


 そう言って彼女は重い金属の本物の鍵を渡してきた。

 これも珍しい。


「面白い趣向ですね」

「このホテルはデジタル化をせずにあえてこういう鍵や、本物の絵画などで古き良き時代を演出していますの。階段・・はあちらですわ」


 階段があるのか……と思っていると、護衛の曹長たちが荷物をかかえて入ってきた。

「閣下、我々は1Fの使用人部屋に宿泊します。このホテル自体は周囲の警戒も含めて警備は固いですが……念のため閣下の部屋の前には1名の陸戦隊員が交代ではりつきますんで」

「わかった、よろしく頼むよ」

「はっ」

 曹長はニヤリと笑ってカウンターのオリビアと話し始めた。


 入口は南向きについており、この北半球の位置ではちょうど恒星の光がうまく入り込むようになっている。

 ロビーのカウンターに向かって右側……つまり東側にはカフェテリアがあるようだ。

 中庭にむけて大きく開いた窓から若い恒星の柔らかな光が差し込んできている。

 いくつか休憩用の丸テーブルとチェアが置かれており、数人の宿泊客と思われる人々がカフェテリアの飲み物をテーブルに乗せて会話を楽しんでいた。


 西となる左側はソファとテーブルの組み合わせがいくつか置かれており、何やら白髪の老人が、婦人と込み入った話をしているようだった。こちらも窓から光が差し込んでいるが、おおむね左右は同じような構造にはなっているようだった。

 オリビアが示した通り、カウンターに向かって左の奥に階段がある。

 その周囲には棚が置かれ、どうも紙の本が置かれているようだった。


 何となく地球の御茶ノ水のホテルにあるような、こじんまりとしたレトロなたたずいまいを連想して微笑ましくなった。しかしこの世界ではレトロそのものよりも「天然」由来の素材というのはとてつもなく貴重だ。


 涼井は階段をあがり、3階に向かった。

 客室フロアといっても、入口と同じ側に窓が並び光が差し込んでいる。

 その片側だけが客室になっている。


 3階は10室ほどだろうか。

 1室1室がそこそこ広いらしい。涼井は階段から東側へ向かって歩き、304号室に入った。


 なかは思った通り広く、リビングルームに大きな映像端末とソファ、テーブルが置かれ、さすがにキッチンはないものの4人ほどが座ることができるダイニングテーブルも置いてあった。窓はやや高い位置にあり、涼井の首あたりより上についていた。北側の山岳がほんのり見え隠れしている。


 リビングに向かって左側に寝室があり、かなり大きなキングサイズベッドにちょっとした執務すぺース、そしてそこからバスルームに入ることができるようになっていた。


 ベッドの上には花束が置かれ、ダイニングテーブルにはフルーツセットが置かれていた。正直にいうと軍の高官ということで通常の20%ほどの値段で宿泊することができたが、普段であれば元帥の給料でも気軽に宿泊するのは考えてしまう値段だ。

 

 しかしそれはそれとして、なかなか気分のいい部屋だった。

 涼井もようやくこの世界の端末を持つようにしていたが、その端末に送られてきた各種の情報によると、夕食は17:00以降好きなタイミングで1Fのカフェテリアでとることができるようだった。


 アーリーチェックインのためまだかなり時間がある。むしろ昼食をとっても良いくらいだったが、部屋に差し込むやわらかな光と完璧な空調、しばらく続いていた帝国やチャン・ユーリン反乱事件などへの対応で疲れ切っていた涼井は昼寝を決め込むことにした。


 ふと、眠っている時だった。

 どこかからかつんざくような悲鳴が聞こえてきた。

 それも、かなり近い。

 

 涼井はぱっとベッドから起き上がった。 

 何となく習慣で時刻を端末で確認する。19:40。


 少し寝すぎた感があったが、部屋着から共和国的な意味でのスマートカジュアルな服に着替え、廊下に出る。いちおう軍人生活をやっていたことから着替えは異様に早くなった。


 扉を開けると、少し離れた、さらに東側……つまり奥側の部屋からも人が出てきていた。

 その人物と目が合う。さきほど込み入った話をしていた白髪の男だ。


「いま……遠くから・・・・悲鳴が聞こえましたよね」その人物がいう。彼はバスローブをまとっていた。シャワーでも浴びていたのだろうか。

「……ですね……ちょっと見てみます」


 涼井は端末を握りしめ、階段に向かった。

 遠くから、ということは階段側のほうなのだろう。そう判断したのだ。


 階段を下りていくと2階は照明が落ちているのか真っ暗だった。

 仕方なくロビーのあるグランドフロアに降りる。夕食時だというのにこちらも真っ暗だ。


 端末から光を出してあたりを照らし出す。

 どうもカフェテリアで食事をしていた客が数組いるらしく、ざわざわと人の声が聞こえた。

 受付でライトを借りるか照明をつけられないかと思いカウンターに向かう。

 しかしそのとカウンターの前でちらっと光の中に人間の足が映った。

「ん?」

 その足からたどるように光を這わせる。

 人間が横向きに倒れているのがわかった。その倒れていた人物は受付にいたオリビアだった。


 

 

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