インターミッション2 惑星アフロディーテの憂鬱 その1

 惑星アフロディーテ。

 それは共和国の中でも有数のリゾート惑星だ。


 涼井はリオハ条約によって、帝国や反乱軍との戦争が一段落したため長めの特別休暇を付与され、噂の惑星アフロディーテに向かった。


 惑星アフロディーテまでは民間シャトルに乗ることもできるが、ロッテ―シャの強い勧めによって。軍の定期便に乗ることになった。


 今回ばかりはバーク、リリヤ、そしてロッテーシャさえも同行しない。完全にプライベートの休暇だった。


 宇宙軍の輸送船団に便乗させてもらうことになり、涼井はあらかじめロッテ―シャが手配した駆逐艦に乗った。いつもの戦艦ヘルメスに比べると部屋も小さいが一応個室を与えられ、軍務についているわけでもないのでのんびりと旅ができた。


 駆逐艦の士官たちは程よく涼井を放っておいてくれたが、士官食堂で食事をとる時は、特に若い士官は話を聞きたがった。特にあのチャン・ユーリンの反乱を抑え込み、帝国と五分の条約を結ぶことが出来たくだりは人気の話題だった。


 惑星アフロディーテの軍港に駆逐艦が着陸する。

 外に出て涼井は驚いた。

 いつものいかめしい雰囲気が少なく、軍港にも関わらずどこかリゾート感の漂う木造風の低層の宇宙港で、勤務する兵士たちも半袖半ズボンの防暑服を着こんでいる。

 表情もどことなくゆるい。


 惑星アフロディーテは戦乱からも遠く、多くの軍人や民間人がプライベートで訪れ、戦闘に投入されていた部隊が、部隊ごと保養に来ることも珍しくない。宇宙港からしてどことなく「アロハ」を連想する雰囲気が漂っていた。


 簡単な入管検査の後、ロビーには現地に駐留する陸戦隊員が出迎えにきていた。

 ロッテ―シャは同行しないにしても現地でのさりげない護衛は必要だ。

 

 もっともこちらの陸戦隊員も防暑服姿で表情もおだやかだ。

 どちらかというと年齢も涼井より上で退官間近の下士官もいた。勤務が長くなった将兵の人気の勤務地でもあるというわけだ。


 1個分隊ほどの陸戦隊は、涼井をやや遠巻きに護衛しながら都市迷彩塗装の装甲車に案内した。


(装甲車か……)と思ったが、さすがに大統領エドワルドが乗るような地上車は期待できないのは分かっている。装甲車の兵員室に押し込められる。座席は硬い。

 ただ空調やアクティブ重力制御は効いていて、ほとんど動揺も加速・減速も感じなかった。


「これは汎用装甲車の特別仕様なんですよ」

 退官間近であろう下士官がにっと笑う。歯の半分くらいが硬質セラミックに入れ替わっているのが見えた。戦闘の負傷だろうか。負傷記念章を複数ぶらさげているのが見えた。階級は曹長のようだ。


「VIPを送り迎えするときはこいつを使うんでさ」

 別の兵士が言う。

 こちらも涼井よりだいぶ年上で、兵長の階級章をつけていた。


 涼井は装甲車の原始的な覗視孔てんしこうをあけて外をみた。

 装甲車は崖のすぐそばの道を走っていた。

 崖の向こう側は広大な海だ。

 

 見事なエメラルドグリーンの海がゆったりと波よせている。

 恒星の光もちょうどよい。

 

 小さめの衛星が複数、昼間から見えるが幻想的な光景に見えた。


「おぉー……」

「おや、スズハル閣下は初めてですか? ……失礼、記憶が一部失われているのでしたね」

「いや、実に見事だ」

 涼井はこの美しい光景に見入っていた。


「必要があれば惑星アフロディーテ全般をご案内しますよ。陸軍の軍用機の使用許可も出てますし。このビーチも美しいですが、この惑星原生の巨大生物を見ることができるビーチとか、北極圏の巨大アイススケート場とか、色々ありますんで」

 運転席から曹長が言う。


「原生生物? するとこの惑星はいわゆるテラフォーミングが行われていない?」

「有名な話だと思ってたんですがね……」曹長はガシガシと頭をかいた。「おっしゃる通りで。この惑星は共和国でもほとんど唯一の無改造惑星で……といってもほんの少し環境はいじってありますが……原生生物も生き残ってるんですよ」

「それは凄いな」


 人間がそのまま居住できる惑星が存在することも驚きだった。

 

「ところで、あれが閣下のご宿泊施設でして」

 曹長が指さした先は、小高い丘の上にある瀟洒な洋館のような建物だった。


「あそこに続く道は、検問と橋をを通ると一本だけ、見えないところに陸軍が配置されてまさぁ。プライベートビーチにはエレベーターで降りるそうですよ。基本的には将官とか、民間でも議員とかしか泊まれないそうです……もっとも警護の我々も宿泊させていただきますがね」

「なかなか良さそうなところだな」

「……ちょっとした曰くがあるそうですがね」

「曰く?」

「あ、いや、こちらの話で……」曹長が目を伏せた。


 そのホテル「グランドシーホテル」は4階建てほどのこじんまりしてはいるが、レンガ調のセラミック素材で覆われ、まるで地球でいうシンガポールなどにありそうなコロニアル風の建物そっくりだった。それがちょっとしたガーデンの中に建っていた。


 ガーデンにはいくつかあずまやガゼボが見えた。


 ホテルのドアマンが出迎えるが、物腰は軍人だ。

 ふと、あずまやガゼボのひとつに座った10代半ばくらいだろうか、黒髪の少女が紙繊維の本を抱えて一人で座っているのが見えた。


 宿泊している軍人の家族だろうか。

 涼井は気にしないことにしてドアマンの案内にしたがってホテルの中に入っていくのだった。


 

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