インターミッション リシャール公の1日
永らく共和国を脅かしてきたアルファ帝国のリシャール公だったが、共和国軍の捕虜となってからはある意味で悠々自適の生活を送っていた。
捕虜収容所……といっても高級士官かつ帝国の貴族でもあるため、共和国の首都惑星の高級士官むけの捕虜収容所に送られた。
スズハル提督からの要望もあったせいか、非常に丁重にあつかわれ、武装こそ許されなかったものの私物の持ち込みも可能だった。
もっとも戦艦に持ち込んでいた私物は貴重な紙の本くらいで大したものは何も持っていなかった。
郊外の森の中にある捕虜収容所は、外観こそ刑務所のような高い壁に監視塔と警備は厳しかったが、独房というより個室はなかなか快適だった。
12平方メートルほどの部屋に何も置いていないデスクとチェア、ベッド、ちょっとした情報を得るための映像端末、硬化ガラスではあったが日当たりのよい窓。
食事はそれなりのものが3食提供された。
これまで帝国のために走り続けてきたリシャール公だったが、ここに来て全ての義務から強制的に開放され、ある意味でほっとしたのも事実ではあった。
――そんな捕虜生活が数か月ほど過ぎた時のことだった。
ちょうど共和国では次の大統領がどうなるかといった話題で持ち切りだったが、リシャールは特に関心がなく、いつものように貴重な紙繊維の本をめくっていた。
この捕虜収容所には高級士官向けに図書室があり、本物の天然由来素材で出来た「本」が多数納められていた。カタログは映像端末に送られてくるため、そこから本を選べば、食事の際に看守が持ってきてくれるというシステムになっていた。
なかなか珍しいと思い、紙の本を借りた。もともと持っている紙の本もほぼステイタスで読んだことはなかったのだが、今は時間だけは無限にある。空中投影の映像よりも読みづらく、触っても反応しないためかえって暇つぶしにもなり、面白いことにリシャールは気付いた。
食事もなかなかのものだった。
宇宙軍では艦艇での生活が長くなるため、食事については娯楽のひとつとして割り切っているため、かなり美味いものが出てくる。
この日のメニューは帝国風の合成
「ふふ……共和国の給養員め、なかなかやるではないか」
捕虜収容所は軍管轄のため、調理を担当するのも軍人だ。
リシャールは前線の兵士が呑む安ワインと、合成肉のコンフィを心の底から楽しんだ。
いつもであれば食事中にも飛び込んでくる部下、こちらの都合などおかまいなしに発生する何らかの政争に関する事件、時には食事に毒が入れられているということまであった。
ある意味で共和国の奥深くに囚われているため、今まででもっとも安全だった。
もちろん帝国での権力を使って銀河の統一を目指していたあの頃の輝かしい時代を懐かしむ気持ちもある。しかしこうして捕虜収容所生活をしていると、こうした一日も良いものだなと日々思えてくるリシャールだった。
ふとリシャールは映像端末で3Dニュースをながめていた。
さすがに帝国の情報はあまり流れてこないが、保守派でタカ派とみられていた大統領エドワルドの後任として労働党のオスカルが大統領になるとかならないとか、そういう話で持ち切りだった。
3Dニュースでは労働党のオスカルが登場していた。
「だからさぁ、ボクは政策としては帝国との停戦を機会に一気に軍の削減を進めて国民への還元をしたいんだよねぇ」オスカルがさわやかな笑顔で語る。
キャスターたちは真剣な顔で聞き入っている。
リシャールはふっと皮肉な笑みを浮かべた。
帝国との停戦はあくまでヴァイン公爵領を力の背景とする帝国皇帝リリザとその一味との条約だ。帝国内部は魑魅魍魎で選帝公を中心として大小さまざまな貴族の連合体。その帝国との条約を信じて軍を削減した場合、もし必要になっても再建には何年もかかる。削るのは一瞬だが増やすには資材も人も必要だ。
自分自身、どれだけ苦労して帝国中央をまとめていたか。
いわゆる門閥貴族の背景のない中堅から弱小の貴族をまとめあげ、帝国内にはにらみを利かせ、そして共和国と対峙してきた。
いまの帝国はリリザやカルヴァドスを中心にまとめられている。
捕虜収容期間が終わり、帝国へ送還されると言われたとしても、リシャールは帝国に帰還する気はなかった。いっそのこと帝国専門家としてニュースにでも出るか。
リシャールはその日の食事についてきたチョコレート風味のトルテをゆっくりと味わいながら考えていた。
また月日が流れ、リシャールが明日の食事のメニューを楽しみにしていた、その夜のことだった。新任の大統領のお祝いにワインがボトルごと振る舞われるらしいという噂があった。
しかし、珍しくこの深夜帯となる時間に革靴の音が聞こえてきた。近づいてくる。それも複数だ。
リシャールは素早くベッドを出た。
こういうときはあまりよくない事態であることが多い。
あるいはヴァッレ・ダオスタあたりが手を回して暗殺という挙に出たか。
リシャールはひそかに隠していた金属製のナイフを右手に握りしめ背中に隠した。あまりとがっていない食器だったが、ひそかに食器を研ぎ石にして鋭利になるように毎晩こっそりと作業をしてきた唯一の
もしも暗殺ならもちろん相手は銃を持っているだろう。
しかし抵抗もせずに殺されてしまっては、戦死した仲間に合わせる顔がないではないか――
交渉をしかけるフリをしながら1人、2人は道連れにしてやろう、と彼は覚悟を固めた。
ドアをノックする音が聞こえた。
このドアはもちろん向こう側から開けることはできる。
リシャールはいきなり撃たれた時のためにベッドには毛布をまるめて人型を作り、自分自身はドアからは死角に隠れた。
「リシャール公爵……」
どこかで聞いたような声だ。
「スズハルです、入ってよろしいですかね?」
「そっちか!」
思わず声が出た。
ドアが開き、まさしく共和国元帥スズハル……涼井が入ってきた。
「リシャール公爵、あまり時間がありません。私はクビになりました。いまから脱出します。貴殿の力が必要です。ついてきてくださいますね?」
リシャールはふっと笑った。
「スズハル、貴様にしては唐突だな。……面白い、どうせ暇なんだ。ついていってやろう」
「即答していただけると思ってましたよ」
「暇だからな、いいか、あくまで暇だからだ」
涼井は微笑を浮かべた。
こうしてリシャールは惑星ゼウスを涼井と共に脱出し、ヘルメス・トレーディングに力を貸すことになるのだった。その際に近くの軍病院から逃げてきたマイルズが合流したのだが、それはまた別の話。
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