【最終決算】課長が目覚めたら大統領候補になっていた件です

 ロストフ連邦、開拓宙域にわたる戦役はようやく終結した。


 ロストフ連邦と主力艦隊の全面降伏と武装解除、バルカル、およびヴォストーク元帥など主要な高級士官が捕虜になったこと、開拓宙域で開拓民を搾取していた銀河商事の事実上の解散などによって世界は大きくうごいた。


 まさしく救国の英雄として共和国首都惑星に涼井が帰還したのは首都惑星ゼウスにちょうど冬の季節が訪れている頃だった。


 惑星ゼウスは元々無血開城されたがゆえに損傷はほとんどなく、赤道以外は雪で白く染まり、ゼウスの庁舎街にも雪が深々と降り注いでいた。


 しかし涼井の戦艦ヘルメスが宇宙港に到着するとありとあらゆる人々が歓喜の声をあげ押し寄せ騒ぎになった。マスコミだけでなくロストフ連邦占領下で行動を制限されていた住民たち、捕虜となっていた軍人達もどっと押し寄せた。


 涼井は彼らに笑顔を見せ、いつも通り護衛のロッテーシャ、副官のリリヤ、首席幕僚のバークと共に大統領府へと向かった。


「おぉ、スズハルくん、よくぞ……」

 今にも泣きそうな顔で出迎えてくれたのは捕虜収容所に放り込まれていたノートン元帥。そして共和国軍人達だった。


「結果的に勢力を伸ばしつつあったロストフ連邦を潰せたのはスズハル提督のおかげね」帝国皇帝リリザは珍しく夜会用のドレスで現れた。


 そのまま祝勝会を兼ねた夜会が開催され、共和国軍の軍楽隊が見事な音楽を奏でる中、飲食に興じるもの、踊る者など様々だった。


 今回情報を送りうまくロストフ連邦を誘導したロブ中佐と海賊のアイラ、ローラン。ペルセウス・トレーディング社の社長だったグレッグをはじめ、開拓宙域の連中も招待され大統領府のバンケットルームに集まっていた。

 海賊のメスデンがビールをがぶ飲みする中、それ以上のペースでワインを飲み干すローラン。


 もっともまだやることは残っており、ロストフ連邦の本国の武装解除と占領政策、開拓宙域の治安維持はロアルド提督とリシャールに任せれていたためここにはいなかった。


 勝利と解放感から自然と無礼講となる中、涼井はバンケットルームの隅に座り、赤ワインをグラスに注いだ。地球と変わらないルビー色の液体がうねるようにグラスに吸い込まれ、芳香がわずかにたちのぼった。


「聞いたわよ、スズハル……涼井提督」

 皇帝リリザだった。


「前大統領のオスカルは議会から国家反逆罪で訴追されているらしいわね」彼女はやや酷薄な微笑を浮かべた。

 

 オスカルはロストフ連邦の降伏と同時に捕まえられたのだが、これまでの言動から国家反逆罪、外患誘致など様々な罪で追われている。艦隊が共和国に入る前に逃亡したので行方はわからない。


「そしてこれはさっき元国務大臣のアレックスから聞いたのだけど」とリリザは続けた。そういえば戴冠式の際にアレックスと涼井は帝都に行っているので彼女とアレックスは面識があるのだった。


「涼井提督、あなたは幸いいま軍人じゃない。軍人に戻ることもできるらしいけど、大統領候補に名前があがってるらしいわよ。保守党からだけど」

 涼井はぴくりと眉を動かした。


 リリザは笑って涼井からグラスを奪い取ると飲み干した。

「提督の驚いた顔で3杯は飲めるわ……ロストフ連邦の脅威が消えた今、私は私の仇を倒す必要がある。共和国の大統領にならずに帝国の家宰になるという道もあるのよ」

「……考えておきます」

「またね、涼井提督」


 リリザはダンスを披露しあっていた帝国貴族たちに混ざりにいった。

 涼井はボトルからもう一杯ワインをついだ。

 

 涼井はさきほどもう一つ報告を受けていた。

 ノートン元帥が神妙な顔で伝えてきていたのだ。その会話を思い出していた。


「スズハルくん、知っているかね……かつて別の銀河に向けて探検に出た男のことを」

「いえ……」

「有名な話しだが、君は一部の記憶を失っているのだったね。つい数日前。重力子通信でも非常に微弱な信号ではあるが、あるメッセージが来ていたのだよ。……隣の銀河からね」


 そういってノートンは涼井にその通信を見せた。

 それは「第二銀河共和国」を名乗る相手からの宣戦布告のメッセージだった。


 涼井はワインのグラスを空にするとバンケットルームを後にした。

 見知った軍人達、帝国貴族、リリザたちが笑顔でこの日を祝っている。その光景は平和と歓喜にあふれていた。


 何が待ち受けているとしても、涼井は彼らのために、この世界のために貢献していこうと決意を固めるのだった。

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