【展示】前大統領オスカルの提案

 旧共和国領土のかなりの部分を支配しているロストフ連邦臨時総督府の臨時総督バルカルの元に、共和国の前大統領のオスカル自らが現れたのは、臨時総督府がまた1つ、抵抗する旧共和国軍の拠点を制圧した頃のことだった。


 オスカルはプライベートシャトルで現れ、興奮した面持ちでこのように語ったのだった。


「すごいよ! もちろん交渉もうまくいったけど、それ以上にすごい成果があるよ」

 一方的にまくしたてるオスカルに、バルカルは正直イライラとしていた。しかしある一言によって、オスカルに対する印象は一気に肯定的になったのだった。


「いまロストフ連邦本国に侵攻している艦隊は実はぎりぎりで、数だけ多く見せてるけどほとんどは民間船なんだってさ。2個艦隊を撃退したけど正規の艦艇の損耗が大きくて、それで首都惑星を攻めきれないらしいよ」


 バルカルの暗い想いが一気に吹き飛ぶ情報だった。

「ほんとうか」

 バルカルはオスカルの肩を掴み、真顔でオスカルの目を覗き込んだ。


「隠したかったみたいだけど、ボクのスパイがうまく本当の情報を見つけだしてくれたんだよ。それに……」

「それに?」バルカルはさらにオスカルに顔を近づけた。オスカルは一瞬その気迫にたじろいだようだったが、数秒で己を取り戻した。

「だから開拓宙域の守りも傭兵艦隊ヤドヴィガだっけ? と海賊だけなんだってさ」


 バルカルは、オスカルに詳細を説明させた。

 それによるとこういうことだった――


――前大統領オスカルは開拓宙域にプライベートシャトルで向かった。

 途中、ヘルメス・トレーディング社の艦艇が迎えにきたが、メインモニタに映し出されたそれは、明らかに傭兵艦隊ヤドヴィガの民間船舶構造の船の塗装だけ変えたもののようだった。しかもかなり船齢を重ねたもののようで、要するにオンボロだったのだ。

 

 要するに艦艇ではなく船だった。

 そのオンボロ船はゆっくりとオスカルのシャトルを誘導する。途中で護衛がさらに増援されたが、どれもこれもオンボロで話にならなかった。


 惑星ランバリヨンに至る暗礁宙域を抜けると、ヘルメス・トレーディング社の船団が集結し、陣形を組んでいた。2000隻ほどもいただろうか。さすがにオスカルものその威容にドキりとする。シャトルの小さなメインモニタには船団が惑星の前で悠々と陣形を組み替えながら遊弋ゆうよくする模様がとらえられていた。


 しかしオスカルのシャトルにこっそりと積まれた禁制の軍事用センサーはそれらの船を走査した。なんと中にはハリボテの砲塔を搭載している船もあった。無理やり見栄えを重視して数だけそろえたようだった。


 疑り深い性格をしたオスカルはその時点では「罠」や「ブラフ」を警戒していたが、案内された惑星の宇宙港もオンボロだった。

 オスカルは、惑星ランバリヨンは浮遊惑星で、恒星を持たないことは知っていた。


 しかし海賊達が使っていた頃のままの古い宇宙港。反応炉が足りないのか、空調が入っているにも関わらず、通気口からは寒々しく酸っぱい匂いのする空気が流れ込んでくる。人工重力の設定もおかしいのか体がところどころ重くなったり軽くなったりした。


 そのまま窓のない、鉱山向けの気密型トロッコに乗せられヘルメス・トレーディング社のオフィスに向かったのだった。

 トロッコを下ろされた先はホテルのようだった。 

 ホテルは狭く、どうやら低層ホテルのようでここの空調もおかしかった。

 しかし無理やり飾りつけたのか、ちぐはぐな内装であることが見てとれた。トロッコは気密されたホテルの地下駐車場に到着したようで、そこにも兵士が並んで整列していた。


 その兵士たちは元共和国軍らしく、共和国の制服を改造したものを着ていたが、さすがに見事な姿勢でオスカルを待ち受けていた。

 

「ようこそいらっしゃいました」

 共和国の礼服を改造したものを着たスズハルだ。にっこりと微笑みを浮かべオスカルを先導するが、オスカルからははっきりとスズハルの目元には疲労が浮かんでいることを見逃さなかった。


 オスカルはホテルの支配人室らしき部屋に通され、ソファに沈み込んでスズハルと会談した。出てきた紅茶の味だけはよかった。


 スズハルは終始オスカルの言う臨時総督府との停戦条約についてにこやかに、友好的に話を聞いていた。スズハルは最後にこう語った。

「我々はすでにロストフ連邦の本国を囲んでいます。このまま制圧することは容易でしょうし、さらにこの開拓宙域にも兵力を残しています。仮に臨時総督府からこちらに逆侵攻したとしても何ヶ月も暴れてみせましょう。その間にロストフ連邦の首都惑星ロストフは陥落です。……我々は非常に有利な立場にいるのですよ」

 

 スズハルの目は笑っていなかった。

 しかしオスカルはこれまで見聞きしたことから、虚勢を張っているようにしか見えなかった。オスカルは一通り説明すると、仮の条文を伝え検討するようにスズハルに要請した。スズハルは余裕ぶってみせたがその条文を読む目は真剣だった。


 オスカルはある予想を立てながら、ランバリヨンのおんぼろの宇宙港から飛びだった。丁寧に護衛がつくが、彼らは開拓宙域の辺縁部で引き返した。目の前に共和国の領域のある巨大な銀河の渦の先端が見えてきた時、小さな商船が合流してきた。


 その商船にはボブ・・中佐が乗っていたのだった。彼は開拓希望者を装ってランバリヨンに侵入し情報収集していたのだ。さすがは元憲兵中佐だ。

 オスカルはボブの報告に狂喜した。スズハルはまさに虚勢を張っており、ランバリヨンには地上軍が集まって気勢をあげているが、宇宙港には船がほとんどなく、あの2000隻が全軍らしいというのだ――


「と、いうわけでこの停戦条約は無視してさ、スズハルを攻めちゃおうよ。もしくはロストフ連邦本国を取り返すでもいいよ。どちらにしても君は救国の英雄さ」オスカルは妙にギラギラした目でバルカルを見つめた。

 その言葉によって、バルカルは軍を動かすことを決断したのだった。

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