【株主総会】銀河商事の株主総会

 この日、開拓宙域と帝国、旧共和国の狭間にある中立惑星ミードで銀河商事の株主総会が開かれていた。中立惑星ミードは恒星間開拓事業公社の本社がある他、条件を満たせば法人税が安くすむこともあって色々な企業が本社を置いていた。

 

 銀河商事のCEOロンバルディアは自身の旗艦であるギャラクシー級戦艦「メルクリウス」ではなく、自身のプライベートシャトルで惑星ミードに乗りつけた。

 彼は朝から非常にイライラしていた。先日のヤドヴィガの艦隊の敗戦もさることながら、株主総会に想像していなかった企業が名乗りをあげてきたのだった。


 株主総会の会場となったグランドホテル・ミードは巨大な人工海のほとりにある美麗なホテルで、普段であればロンバルディアは景色を楽しみながらコーヒーでも飲んで会場に向かうのだが、この日は足早に総会の会場となったバンケットルームに入っていった。


「ロンバルディア様」

 あわてて世話を焼こうとホテルの係員がやってくるが、ロンバルディアは無視した。


 ロンバルディアは株主総会に出席と回答した列席者を睨みつけた。

 銀河商事は大企業ではあったが非公開会社であって、有力な株主は限られていた。


「いやはやどうもこんにちは、大株主の・・・スズハルです」

 涼井はロッテーシャとスーツ姿の陸戦隊員数名に守られ、堂々と一番良い席に座っていた。


「やってくれたなスズハルめ!」

「えぇ銀河商事のビジネスに未来を感じましたのでね」涼井はメガネの位置をくぃっと直した。


「そろそろ席に……」

 銀河商事の経営企画のスタッフがおそるおそる促す。ロンバルディアは怒りをあらわにしたまま自身の席にどっかりと座り込んだ。敵意をまんべんなく込めた目つきで涼井に強烈な視線を送る。


「さてさっそく株主総会の議題だが……」

「その前に、認識をあわせておきたいのですが……」

「拒否権か」ロンバルディアは鼻をならした。「確かに特別決議に対しては30%以上の株式を持っていれば拒否権を発動できる。しかし普通決議は問題なくできるんだぞ」

「それはもちろん分かっています」

「なら何を……」


 涼井はすっと立ち上がった。

「我々は71%以上の株式を影響下においているので、むしろ単独で特別決議も可能な状態ですよ」

「71%だと!?」

 ロンバルディアも立ち上がった。


「馬鹿な! おい、株主名簿はどうなっている!」

「え、えぇ、ヘルメス・トレーディング社が30%以上の株式を持っている以外、変化はありませんが……」

 ロンバルディアは傲慢そうな笑顔を浮かべた。


「何を血迷ったことを言っているのだスズハル」

「そう、御社の株主名簿は確かに変わっていない。ところでヤドヴィガの担当者どの」

「は、はい」傭兵艦隊ヤドヴィガを所有するヤドヴィガ・セキュリティから派遣された社員が不安そうに頷く。

「先日の取り決め通り、ヤドヴィガ・セキュリティは完全にヘルメス・トレーディング社に従いますね」

「!!」

 ロンバルディアは目を見開いた。


「はい……もちろんです」

「ば、馬鹿な」

「それからここにいる株主も複数名、こちら側につきました。いずれにしても我々が単独で特別決議行使可能です」


 ロンバルディアがよろめいた。

 先日、リット船団長を捕虜としたヘルメス・トレーディング一味は、そのまま傭兵艦隊にコンタクトをとった。秘密会談が開かれ、もしもヤドヴィガが従わない場合は物理的に開拓宙域のヤドヴィガを殲滅すると脅したところ、思ったよりもあっけなく屈してきたのだった。


 その他、株主名簿に変化はなくとも、その株主をすでに買収していたり、企業であればヘルメス・トレーディングが購入するなど裏工作を積み重ねていただのった。


 もちろんヤドヴィガは銀河商事の子会社である。しかしその銀河商事がヘルメス・トレーディング社の実質子会社のような状態になってしまっている。いまから銀河商事が株式を第三者割当増資などで増やし、ヘルメス・トレーディング社の所有株式を目減りさせようとしたとしても、その手続きには特別決議が必要で、ヘルメス・トレーディング社の同意がいる。

 完全に詰まされていたのだった。


「非公開会社ですからかえって楽でしたよ」涼井が露悪的な微笑を浮かべた。

「ば、馬鹿な。貴様は軍人だ。なぜ民間企業の手続きをそこまで……」ロンバルディアは言いかけて絶句した。

 

 銀河商事は自身の物理的な戦力を所有したこと、開拓宙域での搾取ビジネスが思ったよりもうまくいったこと、ロストフ連邦との接近。それら全てがロンバルディアの足元がおそろかになる要因となってしまっていたのだった。


 涼井は次々と単独で決議を通した。傭兵艦隊ヤドヴィガや他の大株主は基本的に彼に賛成し、ロンバルディアが保有している株式保有比率では拒否権すら発動することができなかった。涼井の完勝だった。


 その日、ロンバルディアは会社所有の豪華シャトルからも追い出され、やむを得ず民間シャトルのファーストクラスに乗って、あわててロストフ連邦臨時総督府に向かったのだった。

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