【至急】会戦前夜

 銀河商事の船団はエール宙域の惑星系からみて北極方向に陣取っていた。

 エール宙域はかつてトムソンが指揮する船団が侵入してきた際に涼井が海賊や商業ギルド同盟、傭兵艦隊マトラーリャとともに迎撃した宙域で、銀河商事にとっては因縁の場所でもあった。


 5000隻もの船団がゆっくりと陣形を変容させながら、おおむね恒星との相対的な距離を保っている。


 これまでの武装商船に毛が生えた程度の傭兵艦隊ヤドヴィガと異なり、かなりの改修がなされたようでセンサー類や火器が強化されているようだった。ちらほらと新型も見え、明らかに軍艦構造と思われる艦艇が増えていた。


 商業ギルド同盟は通商官が指揮をして200隻の駐留艦隊が出陣していたが、数に差がありすぎるため、恒星の近くを遊弋ゆうよくしながら射程外から様子をうかがっていた。


 若い恒星が青白い光を放ち、それらが商業ギルド同盟の艦艇の下部を照らし出していた。銀河商事の船団……もはや艦隊といっても差し支えない陣容のそれはここ数日全く動かなかった。補給も十分なようで、いくつかロストフ連邦の補給船と同型の艦艇がかなりの数後方に待機しているらしいことが分かっていた。


 救援要請を受けて傭兵艦隊マトラーリャも600隻ほどの船団を送ってきており、商業ギルド同盟の艦隊のやや右後方に位置していたが、焼石に水だった。


 かといって商業ギルド同盟がいったん退こうとすると銀河商事の艦隊は前進する。元の位置に戻ると銀河商事の艦隊も後退した。


「わからん、いったいアレは何なのだ?」

 商業ギルド同盟の通商官はイライラした様子で前の前のデスクを叩いた。

 完全に膠着状態だ。

「罠か!? にしてもこちらが少なすぎる。正攻法でも一撃で粉砕できるだろうに。商業ギルド同盟とことを構えたくないのか? それにしては大規模すぎる……」

 銀河商事の船団はその後も動かなかった。


 状況が変化したのはさらに1週間後だった。商業ギルド同盟の通商官は本国からの「攻撃を受けているわけではいのであれば救援は不可」という重力子通信を表示したメインモニタにコーヒーを飲んだ後のカップを叩きつけるという遊びを半日にわたってしているところだった。

 

「重量子感知! かなりの大質量です。おそらく艦隊ですが……その数おおよそ4000!」商業ギルド同盟のオペレーターが叫ぶ。

「おぉ! もしや!?」

 通商官の表情が明るくなる。

「そのもしやです! ヘルメス・トレーディング社の船団……い、いや、これは艦隊ですね。味方です!」

「おぉー!」

 

「間に合いましたね。まぁ交戦しているわけではないようでしたが」アリソン中将がメインモニタを見つめる。

「ふむぅん、それにしても連中、攻撃したりする気はないのかな?」長身で鼻の高い初老の男がつぶやく。ロアルド大将だ。


 ロアルド大将は共和国領から離脱した第11艦隊を基幹としてバークが整えた4000隻の艦艇を指揮していた。彼が指揮していた4万5000隻近い方面艦隊に比べると1/10に過ぎなかったがロアルドはこの新しい境遇をそれなりに気に入っていた。


「分艦隊司令からやりなおしたようなものだな、アリソン」

「私に至っては艦隊指揮官どころか参謀扱いですがね」アリソンが苦笑する。

「さて、とりあえず元帥の言った通りであれば我々が出れば連中は後退するだけのはず……」


 ロアルド大将の艦隊は減速しながら商業ギルド同盟の左後方から銀河商事の船団に向かった。恒星をなめるように機動し、やや攻撃的な陣形に組み替える。


 その行動に銀河商事の船団は一斉に後退した。

 ロアルド大将の艦隊はさらに減速し、おおむね商業ギルド同盟の艦隊の左翼側に位置した。銀河商事の船団はロアルド大将の艦隊が相対的に停止すると、また減速して一定の距離を保つ状態になった。


「やはり……」

 ちょうどその頃、惑星ランバリヨンにいた涼井の元に共和国の情報がもたらされた。


『ロストフ連邦、再び共和国辺境に出没し侵攻開始』

 まさに風雲急を告げる。事態は大きく動き出していた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る