【入社】新入社員たち

「さーてそれも運び出そう」

 深夜ではあったが惑星ゼウスの衛星軌道をゆっくりと回る軍用構造物の一角ではバークがひげをなでなで指揮をとっていた。


「了解!」 

 整備兵が重量投下ドローンを使っててきぱきと反物質構造体や質量弾を艦艇につぎつぎと積み込む。


 バークの側ではゼウスの放送局がしきりに大統領オスカルの「救済計画」を報道していた。いわく平和になった現在、軍備を削減すること。艦隊を統廃合し旧式の艦隊制に戻すこと。涼井の「前向きな検討」を合意と合点した大統領オスカルによる「戦争時代を象徴する英雄スズハル提督の栄誉ある自主的な辞任」そして、高級将官などのポストの一新。ちょうどスズハルと大統領オスカルの会談から1週間ほど経った日だった。


 後任の宇宙艦隊司令長官として報道に映し出されたのは、無精ヒゲを生やし少々やつれてはいるが、さわやかな笑顔を見せている男だ。

 かつてアテナ宙域の暴動に端を発する一連の革命的反戦軍を指揮していた元軍人のブライト・リン少将だった。少将だったはずだが大将の肩章をつけている。

 超法規的処置・・・・・・で軍事刑務所から出所しさらに二階級特進したらしい。


「かーっ! 世も末だわい。だいたい時間はあるんだからヒゲくらい整えるだろ!」

 バークはその報道に青筋を立てながらも、整備兵や後方幕僚の力も借りててきぱきと処置を進めていった。


 その間にも流れる報道として、スズハル辞任に続くロアルド大将の辞任、新国防大臣に就任する、これまた革命的反戦軍の一派だったジェームズ・カンなど悪夢のような人事が好材料として次々と発表されていた。


「そりゃ本当に平和なら軍備なんぞ最低限でいいかもしれんがな、帝国との和平条約だってぎりぎりなわけだぞ」

 思わずバークは作業服のポケットに入ったスキットルを取り出してウィスキーらしき飲み物を煽った。「ふひゅー」と、酒気に満ちた息を吐く。


「ふむぅん、良いものをお飲みですね。私にもいただけますかな?」

 背と鼻の高い初老の男が話しかけてきた。


「ロアルド提督」

「バーク少将、お久しぶりですな」


 ロアルド大将はアルテミス宙域で国境を防衛する数個艦隊で構成された方面艦隊を指揮していたが、スズハル元帥と同じく辞任を告げられたのだった。

 ロアルド提督は軍服を着てはいるが、肩章などは全て外し、灰色のヒゲも伸び放題、さらに軍服の上から古ぼけたコートを羽織っている。


 バークがスキットルを渡すと、彼はうまそうに1口飲んだ。

「いやぁ軍務についている時は真昼間から飲むとかあり得ませんでしたがな」

「お、いいものを飲んでますな」

 ロアルドの背後からは2人の壮年の男が現れた。バークは2人とも認識していた。アルテミス宙域でロアルド提督指揮下にいたアリソン中将とロビンソン中将だ。

「そこの箱の中にもっとありますぞ」

「やれやれありがたい、民間シャトルを乗り継いで来ましたけどね。一番安い便だったので出てくる飲み物がまぁまた酷くて」

 アリソン中将が嬉しそうに箱を開け、ウィスキーのような蒸留酒を取り出す。


「提督は……」ロアルド大将がバークに視線で問いかける。彼が提督という相手はこの時、1人しかいない。

「元宇宙艦隊司令長官閣下も他の新入社員・・・・を連れてこちらに向かってますぞ」とバーク。


「皆、揃っているようだな」

「元帥ぃ!」瞬時にバークが泣きそうな顔になる。

「スズハル提督」ロアルドはにやっと笑って敬礼する。アリソンとロビンソンは涼井と面識がないので直立不動の敬礼の態勢だ。


 涼井は護衛のロッテーシャと、もう2人連れていた。

 そのうちの1人は白に近い金髪、まるで舞台俳優のような端正だが濃い顔立ち。


「リシャール公」ロアルドが目を丸くする。

「ふん! 貴公とは何度かやりあった気がするな……私は馴れ合う気はない。あくまで好敵手だったスズハルが自ら頼むからついてきてやったのだ。ありがたく思えそもそも」とリシャールは聞いてもいないのに早口でまくしたてる。


 そしてもう1人。

 戦場で傷を負ったのか、右足が義足だ。なぜか軍服などではなく病院の入院着をまとっている。

 どちらかというと弱々しい目つき。しかしロアルドはその人物に見覚えがあった。マイルズ中佐だ。あの共和国軍の大損害を招いた当時の任務艦隊の作戦主任参謀だ。戦闘で行方不明になっていたと思ったが生きていたらしい。


「お前は帰れ!」思わずロアルドとバークが叫ぶ。

「ひぃぃ私も連れてってくださぁい」

「まぁまぁ……」涼井は苦笑した。


 涼井がざっと説明する。

 いわく、マイルズ中佐は一時期、革命的反戦軍のシンパだった。


 そのため今回、軍病院から出され、何と階級も昇任した上で、宇宙艦隊の作戦参謀を打診されたのだ。しかしマイルズからみてもどう考えても実務家よりも思想家が優先された陣容に、彼は恐怖した。あの時は失敗したとはいえ、彼は一応実務家としてそれなりの経歴を築いてきたのだ。


 マイルズに空想的な任務を一方的に反戦革命軍の元メンバーが話に来た。マイルズはその構想にも恐れをなし、夜中に1人で軍病院から、文字通り裸足で逃げ出したところを、近くの捕虜収容所から車でやってきた涼井に拾われたのだった。


「後から来る者もいるし、重要なのは資材や艦艇よりも……まぁ、これはいいか。とりあえず後々まとめるとして今は準備ができたら出発しよう」

 涼井の声に一同が頷く。


 戦艦ヘルメス。かつて涼井の指揮する第11艦隊の旗艦。

 それに一同は乗り込む。

 先に戦艦ヘルメスの艦橋で準備を整えていたササキ少将の指揮の元、定期訓練名目で第11艦隊の艦艇群3000隻は惑星ゼウスを離れたのだった。








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