Re:【MTG】新大統領と課長が会うようです

 クビだ、と宣言した共和国大統領オスカルは張り付いたような笑顔のままだった。

 涼井は自らの表情をできるだけ消してオスカルをよく観察した。

 地球の銀河商事時代にも発破をかける目的でクビだと言われたことはあるが、どうもオスカルは本気の方のようだった。


 この世界での大統領の権限はかなり強く、将官などの高級幹部を解任することはできる。ただし……


「そう、その通り。ボクはキミを解任できるが議会からの反発は強いだろうね」こちらの表情の微妙な変化に気づいたのか、あるいは沈黙を否定ととったのか、オスカルは話を続けた。その内容はともかく、中途半端にカジュアルな物言いをするオスカルの言い方は微妙に涼井の不快感を刺激した。


「その後はこちらで説明しますわ」

 スーツをびしっと着こなした女性が割って入ってくる。この世界にはよくいるが、青みがかった髪の色をし、細めのメガネをかけていた。メガネはおそらく色々な情報を表示できるようになっているようだった。


「ありがとう、エリザベスくん」

 ニヤニヤとした笑みのまま大統領オスカルは椅子に深く腰掛けた。「彼女は若いがボクがもっとも信頼する首席補佐官だよ」


「もちろん即座にクビということになれば議会の反発も必至でしょう。世の中が平和になったため軍備がほとんど必要なくなったとはいえ、まだまだ最低限の軍備もいります。そこで議会や制服組の反発を招くのも困りますわ。そこで……」


 エリザベスは非常に楽しそうにどうやって金食い虫だった共和国軍を弱めていくかを語った。予算は10%削減する。戦争で活躍したスズハル提督をはじめ、ロアルド提督やニールセン提督などは叙勲した上で共和国海軍・・に移籍させ名誉職として軍にはとどまってもらう。


 現在方面艦隊に集約している制度をやめ、一個艦隊づつに戻し現役の艦隊は8個程度に削減し残りは予備役に編入、補修中の艦隊などは廃棄する。

 軍人たちの危険手当も削減し、こうして浮いた予算は社会福祉などに使う。


 というようなことを滔々と語った。

 涼井はまじまじとエリザベスの目を見つめたが、どうやら本気のようだ。


「どうかねスズハルくん。キミは海軍に移籍するが引き続き名誉的な艦隊は指揮できる。それに戦争につぐ戦争で疲れただろう。海軍でのんびりして給与もかなり増える。悪い話じゃないだろう」

 大統領オスカルが笑いかけてくるが、やはり目は笑っていない。むしろ悪意があるような感じがする。


 もともと軍事予算の削減を訴えていた労働党の党首なのである程度は予測していが、思っていたよりももっとドラスティックな案を実行に移す気のようだった。

 もちろん軍事費を削減し民生の回復につとめるというのは平和時の施策としては有効なのだが、それは本当に平和な時であった場合だと涼井は考えていた。今はロストフ連邦や開拓宙域での銀河商事の動向も危険要因であったし、帝国もリリザが戴冠してまとめているとはいえ、まだまだ貴族たちのゆるい連合体にすぎない。民生とのバランスを考えるにしても今、軍備を削減するのは危険な予感がした。


 しかし、結論ありきで話をしているこの2人を説得や反論を試みたところで何の意味もないし時間の無駄だ。と、涼井は判断した。また、どうも開拓宙域に軍の工作費を投下して進めている例のプロジェクトはまだ把握されいないようだった。


 涼井は一呼吸起き、微笑を浮かべた。

「……なるほどお話の内容・・はよくわかりました。前向きにとらえたいのですが、少し気持ちの整理や周囲への説明もしておきたく、少しお時間をいただけますか?」

 大統領オスカルとエリザベスは僅かにほっとした表情を見せた。


「もちろん時間くらいはあげようじゃないか。どれほどだね?」

「結論を出す時間というより、これまで溜まった有給休暇も使いたいと思いますので……3週間ほどでいかがでしょうか? その後海軍移籍後・・・・・の条件面について少し交渉させてほしいですね」


 大統領オスカルは今度は目も笑顔になった。

「もちろんだよ、まぁ有給休暇は国防大臣宛に出しておいてくれたまえ、ボクからも言っておくけど」


 もちろん涼井が休暇に入れば、制服組の組織をいじくるのもやりやすくなるという判断だろう。ただ涼井にとって重要なのは、一度も涼井はこの提案を飲むとは言っていないことだった。


「では……」

「コースを注文しているんだ、それくらい一緒にいいだろう?」


 正直10秒でも一緒にいるのは嫌だったが、そこはジャパニーズサラリーマンである涼井は快諾し、2時間の地獄のような会食の時間を笑顔で過ごした。

 その間に、驚くべきことにエリザベスには例の過激派集団の革命的反戦軍の活動家であった経歴があるらしいことがわかった。


「では……」

 涼井はホテルを出ると防弾車を呼び、とある場所に向かった。

 そのままゼウスの庁舎街にある、何回か顔を出したバー「プランシングホース」に入る。一杯だけカクテルをもらうと裏口から抜け出し、バークが手配したごく一般的な自動運転の自動車に乗った。

「提督」

 警護のロッテーシャが1人ですべりこんでくる。

「追手はいないな?」

「何度かチェックしましたが大丈夫です。提督の官舎は張られているようですが」彼女は不敵な笑みを見せる。


「よし、いこう」

 車はひっそりとゼウスの庁舎街から離れ、すっかり暗くなった道を静かに走った。

 ロッテーシャの部下の陸戦隊員が運転する車が何台か入れ替わり立ち替わり護衛について、尾行も確認したが今のところ問題ないようだった。


 しばらく走ると木々が鬱蒼としげる山の中に入る。

 山の入り口では完全武装の陸軍兵士がいたが、車が近づいてロッテーシャが通行証を出すとあっさり中に入れてくれた。


 そこは主に敵の高級幹部などを収容する捕虜収容所だった。

 捕虜収容所の所長はバークの士官学校時代の同期で快く涼井を出迎えてくれた。

 彼は自ら目的の場所に涼井を案内した。


 豪華とまではいえないが清潔な内装。

 ちょっとした寝室に食事をとるためのデスク、個室のトイレまでついている。

 その部屋の扉が開くと、中には白髪に近い金髪の端正な顔立ちの青年が座っている。顔の一部に負傷の後が見えるがかなり前のもののようで癒えつつあるように見えた。


 彼は何やら端末で読書か何かをしているようだった。


 入ってきた涼井に気づくと彼は驚いた顔をみせた。

「スズハル提督! おのれ、何をしにきたのだ!」

「久しぶりですねリシャール公爵」

 

 その人物は捕虜収容所に収容されたままのかつての仇敵リシャール公だった。

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