【第一週】開拓宙域安全保障ビジネス
「ヘルメス・トレーディング社の護衛サブスクリプションに加入すると安全な運航ができるらしい」
という噂が開拓宙域を駆け巡りはじめた。サブスクリプションといえば月額で一定の金額を払う契約形態だ。
ちょうど銀河商事が開拓民向けの保険金ビジネスを取りやめると発表した直後だっただけにこの話は開拓宙域における物流と同時に拡散されていった。
開拓民たちは鉱石の採掘や農業、都市などの建設などに従事しているが、特に鉱石や農作物などは輸送船で運ばれるために海賊などの襲撃がないにこしたことはない。
この護衛サブスクリプションに加入するためには、最低限の運行隻数や頻度などが定められてはいるが、その範囲内であれば輸送船団に水先案内人がつく。その水先案内人がいれば海賊も襲ってくることはない。
海賊と遭遇しても水先案内人が交渉することで通行料を支払えば通過できる仕組みになっていた。お試しも可能ということで、条件を満たすために船団を組む船主も増え、開拓宙域の物流は活気が出てきた。
「なかなか良い商売じゃないか」
船橋に仁王立ちになった、まるで貴族のようなしっとりとしたストレートヘアの女性が言う。帝国の軍服を着崩し、ベルトに直接拳銃をぶち込んでいる。海賊のアイラだ。
彼女は自身の海賊船であるブルー・ローズに座乗していた。
そしてブルー・ローズの航跡を追うように数十隻の輸送船がついてきている。
「お頭……いや船長、前方に海賊船団ですぜ……数隻はいそうな気配」
荒っぽい髭面の男が声をあげる。オペレーターだ。
「どの海賊だ?」
「……先方から重力子信号。えーっと……海賊オガサ……オガサ船長のトキビ海賊団のようですぜ」
「問題ないね。オガサと会合するよ」
ブルー・ローズは加速し輸送船団を引き離し、オガサの船と相対速度をあわせた。
近距離のため民間用の光子通信で回線を開く。
「おっアイラの姉御!」
「この輸送船団はアタイたちがお守りに入ってる。いつもの金額の通行料で問題ないね?」
「もちろんでさぁ」
「じゃ請求書は船団のリーダーにあげとくよ」
「ほいさ、じゃどきますんで……」
トケビ海賊団はさっとこの領域から退避していった。
アイラはおっかなびっくり追従してきた輸送船団と再度合流して安心させる。
「なかなかうまくできた商売だねぇ」
――要するに涼井たちはアイラたち、ランバリヨンにいた海賊を中心にこの商売にリクルーティングしたのだった。
海賊船はこれまで通り自由に行動する。
しかし海賊の水先案内人がついている輸送船団には手を出さない。
そのかわりに護衛されている船団主は海賊と遭遇した場合には、追加で通行料を支払う。海賊船はただ遭遇さえすれば手数料が入るので余計なリスクを冒す必要もない。
またこの護衛サブスクリプションに入っていない銀河商事などの船はこれまで通り襲っても良い。
もちろん海賊たちが結託して手数料を多めにとる事態も考えられたが、どの海賊団がどの程度請求をしてきているか、その際の行動履歴などもチェックは行い、ある閾値を超えたらロブ中佐が尋問することになっていた。
さらに海賊惑星ランバリヨンと関係がない海賊団の新規加入も認めていたが、それも一定の条件をつけていた。
1.開拓民などに対する
2.ランバリヨンの海賊に準じる一定の不文律がある
3.ヘルメス・トレーディング社の用意する契約を締結する
4.海賊船団の人員リスト・船舶リストの
その他いくつか条文はあったが、4.のように秘密を保持しておきたい海賊にとっては、ある程度の緩さがウケた。
開拓宙域における海賊活動は、深部のロブ中佐によってかなり明らかになってきていた。
もともと共和国や帝国の領域で活動していたものがはじき出された者もいるが、大体の海賊は、厳しい恒星間開拓事業公社のローンか、あるいは生産物の買い取りを行う条件でローンをまとめた銀河商事からの取り立てに耐え切れずに逃げた者たちだった。
涼井の見立てでは、開拓宙域を律する法律がないことを良いことに年利30%を超えるような過大なローンなども存在していた。
公社としては一度ローンを銀河商事が買い取るのだから損はないし、むしろ公社には銀河商事が出資しているので、むしろこの搾取構造は提携ビジネスとさえ言える状態だった。
「年利30%ものローンを背負わされる場合もある」
涼井は眉にしわを寄せて鼻をならした。
「そうするとどうなるんですか?」と丁度リリヤが涼井と、涼井の傍に控えるロッテーシャと陸戦隊員のための食事を運んできたところだった。
涼井はちらりと自分自身の地球から持ってきたノートパソコンの画面をみた。
「そうだな……年利30%、借入金額を20万共和国ドルとして……借入期間を30年とすると、何と返済総額は180万共和国ドルに達する。利子だけで160万共和国ドル。借りたのは郊外のささやかな家一軒分だが、実際支払うのは惑星ゼウスの政庁周辺の高級住宅街並みになるな」
「180万共和国ドル……わたしのお給料の……」
「考えないほうがいいと思うが、いずれにしても、一見お得そうな感じに見せておいて、開拓宙域に夢をみてやってきた者が、銀河商事と取引をするだけで搾取される状態になる」
涼井は憤慨していた。
商売とはお互いが儲かるために行うのではないのか。
特に法律がないからといって、この世界の銀河商事のようにこうした構造を作る会社があれば、海賊たちのように不文律をもって一定の常識の元に行動する者たちがいる。
どちらと組むのが正解か、涼井にとっては明白だったのだった。
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