【振り返り】銀河商事代表取締役ロンバルディア

「どういうことだ?」

 その人物は、目の前で恐縮する金髪を短く刈り上げた銀河商事ヴァイツェン支社長のトムソンを睨みつけた。


 広々としたそのフロアは全てが彼の執務室だ。

 天然素材の重厚なデスクがおかれ、その背後にはこの惑星の景色が広がっている。


 その惑星はほとんどが黒々とした地表に覆われ、大小のクレーターだらけだった。

 暗い。大気がないのか宇宙がはっきりと見える。

 その宇宙空間には不自然なほど巨大な赤い惑星が弱弱しい光を放っていた。

 窓の半分くらいはその赤色巨星で占められている。その背後には巨大な渦巻き状銀河。その渦巻き状銀河こそ帝国や共和国の存在する銀河そのものだった。


 惑星ドゥンケル。開拓宙域深部の惑星だ。

 ほとんどの惑星はこの惑星が存在する惑星系の恒星である赤色巨星に飲み込まれた。


 この惑星はもともとダイヤモンドが多く存在していたが、赤色巨星に他の惑星が飲み込まれていく過程で数多くの小惑星や隕石が降り注ぎ、その熱と圧力によってダイヤモンドよりも硬い六方晶ダイヤモンドが多数産出する。それを銀河商事が採掘しているのだった。

 

 惑星すべてを銀河商事が所有し、傭兵艦隊ヤドヴィガの本拠地もここだった。


「申し訳ありません……」

 トムソンはひたすらオジギをした。

 これは銀河商事の伝統だった。オジギをすることで最大限の謝意と誠意を示すのだ。


 その人物、雄大な体格をし、まるで地球の羽織・袴のようなものを着込んだ男は冷酷な中に威圧的な色彩が混ざったような視線でトムソンを見据えている。

 トムソンはその視線を感じながらじっとりと汗ばむのを感じていた。


「もう一度聞くが……どういうことだ?」

 トムソンは室温が2~3度低くなったような気がした。

 透光性の複合繊維で作られた窓の外は絶対零度に近いが、それがしみ込んできたかのような感覚だった。


 目の前にいる人物……ロンバルディア”ミヤタ”。銀河商事の代表取締役。

 創業者のアサミにつらなる一族の名前をもらった男は、トムソンと同じような金髪だったが、毛が逆立っているかのような怒りを静かに発散していた。

 トムソンは冷や汗が2~3滴、額から頬に伝わっていくのを感じた。


「は……か、我々にまつろわぬ海賊どもの拠点をヤドヴィガで攻撃したのですが……撃退されたのです」

「その事実は分かっている。なぜ撃退されたのか、そしてそれによって何が予想されるのかと聞いているのだ」

 ロンバルディアは椅子に座って腕組みをした。

 

「も、申し訳ありません」

「オジギで謝意は伝わっている。もう一度同じ説明をする必要があるのかね?」

「は……いや……」


 トムソンは目まぐるしく脳を回転させていた。

 どう答えるのが一番責任をとらなくて済むのか。


「げ、撃退された理由としましては……まさか海賊がまとまった行動をして集団で反撃してくるとは思わなかったからです……予想されるのはヤドヴィガの威信の低下ですが……それは再度ちゃんと制圧をすることで……」


 ロンバルディアは黙って聞いていたが、トムソンが一通りしゃべった後にまた口を開いた。


「まとまった行動を海賊がとったのは何故だ」

「……」

「威信の低下だけなのか。少なくとも100隻近い船艇が破壊されたのだぞ」

「…………」

 トムソンは押し黙ってしまった。


「……海賊がまとまった反撃をしてくるなどここ暫くはなかった話だ。わかった、もういい」トムソンは息をのんだ。


「トムソン、貴様を対海賊のプロジェクトチームに抜擢・・する。待遇としては二等船団長として格上げするが、ヴァイツェン支社長は交代させる。そのかわり対海賊事業の専任になり海賊たちがまとまった理由も究明するのだ」

「は、はいっ」

「行っていいぞ。対海賊事業の準備室はこのドゥンケルに置く。後日スタッフを配属するからオフィスも引っ越してこい。総務には自分で調整しろ」


 トムソンはかしこまって退室していった。

 ロンバルディアは立ち上がって窓の外の赤色巨星に向き直った。


 その赤色巨星は弱弱しい赤い光を放ちながら、毒々しい色の赤や桃の光が渦巻いていた。


「……細かく指示をせねばならんのか……」

 彼は皮肉っぽく、自嘲めいた歪んだ表情を浮かべた。


「トムソンの小商いは撤退させる。こちら側についた海賊の使い方が下手すぎる。しかし海賊がまとまるとはな……」


 開拓宙域の海賊たちは小規模な海賊団を組んでいることはあるが、数百隻がまとまって戦闘に参加するといったようなことはこれまでなかった行動だ。

 トムソンの詐欺めいた保険金ビジネスも多少は黒字だったが、100隻を超える傭兵艦隊の喪失は見過ごせなかった。同じことがあと1度でも起こればこれまでの黒字は一気に赤字に転落する。


 ロンバルディアはそう計算していた。

「開拓宙域……この広大な宙域を実質的に支配する。法律そのものを事実上、企業が決めるのだ。それは国と同じことだ。国と同じことならば、この私が……」

 今度は赤い光に照らされながら、はっきりと凶悪な笑顔を彼は浮かべた。

「この私がこの領土の帝王だ」

 

 赤色巨星を背景に警備行動中のヤドヴィガの船艇が数隻、ゆっくりと上空を通り過ぎていくのが見えた。その船艇は通常のものより明らかに大きく、戦艦クラスの船格だった。




 

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