【再送】帝国皇帝リリザ

「待っていたわ」

 帝国皇帝リリザは優雅に共和国軍のコーヒーらしき飲み物を片手に笑顔を浮かべていた。彼女の背後には帝国海兵隊の制服を着た兵士が2人ほど直立不動の姿勢で立っていた。


「いやしかし……どうしてここに?」  

 まさか客というのが帝国皇帝だと思っていなかったので、さすがの涼井も若干動揺した。数秒で驚きを抑えて表情を消す。


「顔を見にきた……といったら信じるかしら?」

「そのためだけに皇帝本人が共和国に非公式訪問というのはあまり考えられませんね」


 涼井はリリザの向かい側に座った。


「おっスズハル提督! 久々だな!」

 応接室にドカドカと入ってきたのは、小柄だががっしりとした体格に燃えるよう赤い髪の男だった。現在はミッテルライン公爵となったカルヴァドスだった。

 

「ミッテルライン公、ご無沙汰しています」

 涼井がすっと立ち上がる。


「いや! 貴殿にそうかしこまられると困るな。他にもトスカナ公爵も来ている。スズハル提督……いや、元帥がひさびさに任務から戻ると聞いたので滞在を伸ばしたんだ」

「すると別件で?」

「俺とトスカナ公爵はな。ほれ、捕虜になったままのヴァッレ・ダオスタとかリシャールの処遇について協議に来てたんだ。皇帝陛下は……」

 カルヴァドスがちらりとリリザを見る。

 リリザは目で「どうぞ」というような仕草をした。


「皇帝陛下は、スズハル元帥に用事があって秘密裏にやってきたんだ。ここで俺たちと会ったのは偶然だ。俺も驚いた。実はな……」


 カルヴァドスがかいつまんで話をした。

 実は帝国国内において開拓宙域で勢力を伸ばしている銀河商事が、もともとの本拠地であった帝国内でも活動しており、帝国の軍人を中心に引き抜きを行っているということだった。


 銀河商事そのものは単なる私企業であり、現在は帝国の企業でもないので共和国でも活動をしている。


「それでな……」

「そこから先は私が話すわ、その前に……」

 ちらりとリリザが室内を見る。

 

 涼井は察して、バークやリリヤに退室を促した。

 同時に帝国の海兵隊員も一例して応接室の外に出る。

 

 その後、リリザがカルヴァドスの話を引き継いだ。

 

「スズハル元帥、いや涼井元帥……以前語った話を覚えてるかしら?」

「戴冠式の時のですね」

 涼井は眼鏡をくぃっと直した。

 

「そう。あの時私は、貴方のことを涼井と呼んだ。そしてそれは正しかった……。あの時話した通り、帝国にはかつて、おそらくは別の世界・・・・から来た人間がいた」


 リリザの戴冠式の際に、彼女は涼井に個人的にある秘密を明かした。

 それは帝国にかつて存在した大財閥を作り上げた男の話だった。

 その人物の"予言"という形で、涼井という男がいつか現れるという話を彼にしたのだった。


 涼井も驚いたが、そもそもこういう不思議な世界にやってくることになった時点で、そういう予言めいた事もあるのだろうかと思っていて、それ以上詳しくは調べなかった。もしくは何かのタイミングで本名を誰かに漏らしたことがあり、それをリリザが調べたのだろう、くらいに考えていたのだった。


「その人物はアサミ。600年ほど前に帝国に現れ、通常の粋を超えた発想と手腕でたちまち巨大な企業グループを作ったの。そのひとつが銀河商事。そう、まるで戦闘中に倒れてから別人のようになったスズハル元帥のように」

 

 人物の名前を聞いたのは初めてだったが、その名前は涼井の記憶を強烈に刺激した。


「アサミ……ですか?」

「そう、カズマサ アサミ。巨大な財閥の創始者ね」


 涼井は心臓発作で倒れる前に勤務していた銀河商事を思い出していた。

 そこで涼井が動いていた、取締役などによる不正なキックバックなどの追及。

 

 それはもともとは地球の銀河商事の会長派と呼ばれる執行役員宮田と共に動いていた案件だった。その宮田が連なる会長派。その会長の名前は浅見和昌。銀河商事グループの会長だ。

 残念ながら会長は心臓発作で死去し、後ろ盾を失った宮田、そして会長派でもある涼井は窮地に追い込まれた。宮田は退任し、それでも乗りかかった船ということで独自に動いていた涼井も結局はストレスと過労が原因なのか、心臓発作で倒れたのだった。


 地球の銀河商事に酷似した企業ロゴ、その歴史に残るほどの手腕、そして名前の一致。偶然の一致とは思えなかった。


 涼井は衝撃を感じると共に、心臓発作で死去した浅見会長がこの世界にやってきていたであろうことに奇妙な安心感が沸き起こってくるのを感じていた。

  

「……やはり関係しているのねスズハル」

 リリザが涼井の感情を見透かすような目で言う。

 弱冠19歳とは思えない視線だった。


「いずれにしても銀河商事の活動は放置できない。そしておそらくスズハル元帥にも関係がある。そのため秘密裏にやってきたの。帝国からの定期的な親善訓練の艦隊に紛れてね」


「まぁ、そんなわけだ。帝国でいうと伝説的な商才を持った男・アサミというのは語り継がれてはいるのだがまさかスズハル元帥が関係しているとはな」

 カルヴァドスが腕組みをしながらうん、うんと頷く。


「事情は把握しました。それではせっかくなので……」

 涼井はリリザとカルヴァドスにある提案をしたのだった。

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