【再稟議】銀河商事
歴史のあるペルセウス宙域の商社ペルセウス・トレーディングの交易船「ドーントレーダー」はリアクト機関をほどほどにふかしながら開拓宙域を進んでいた。
共和国も帝国もお互いの戦争にかまけていたため恒星間開拓事業公社の動きはほぼ注視していなかったため、実際にどれだけの惑星や宙域が開拓されているのか誰も実態を把握していなかった。
ドーントレーダーはひょうたん型の形状で補修の跡などもあるのだが、これらは実は偽装だ。実際は共和国の偵察艦をずんぐりとしたおんぼろの船殻で覆い、いかにも歴史のある武装商船に見せかけているのだった。
船員も共和国の軍人たちだ。代行で残ったバークは別として副官のリリヤ、護衛のロッテーシャ、その他多少の陸戦隊員も乗っている。武装も積んでいるが、偽装のための船殻を作った際に少し大きめの荷質も前方に作ったため、そこにしっかりと交易のための商品である反物質構造体が乗せられていた。
「カチョウ、すごいですよ! あれ見てくださいよ!」
リリヤが興奮した面持ちで後方を映したモニタを指す。
この世界のモニタの映像は立体的だったので実質、窓と変わりがなかった。
そこに広がっていたのはなかなか壮大な情景だった。
円盤状の銀河の腕の部分がはっきりと見え、それがモニタいっぱいに広がっている。きらきらと輝く光の坩堝だった。
「おぉ……これはすごい」
涼井も思わず感嘆の声をあげる。
この世界は渦巻き状銀河に広がった国々で成り立っている。
開拓宙域は銀河の辺縁部にあたる腕状の先端部分と、そこから円盤からみて垂直方向に存在するいくつかの星団を含む領域だった。
今向かっている惑星ヴァイツェンは銀河の円盤からは離れた位置にある星団のひとつの惑星のため、武装商船ドーントレーダーも円盤からみて垂直方向に航行していた。そのため背後に渦巻き状銀河の煌びやかな、そして圧倒的な存在感による威容が見えたのだった。
「重力子通信です! つなぎますか? 距離6000くらい、相手は小型の警備艇か何かのようです」オペレーターが声をあげる。
「つないでくれ」
涼井がメインモニタの前に行く。
いつもの戦艦ヘルメスや宇宙艦隊旗艦ゼウスと違いメインモニタも偵察艦のものだから小さめだ。それでもかなり大きな会議室に置いてあるようなプロジェクタのスクリーンくらいん大きさはある。
メインモニタの向こう側に現れたのは灰色の制服に同じ色のベレー帽をかぶった青年だった。
『こちらは私設警備艇の者です。通常の警備任務の最中です。貴船の船籍と目的は如何?』
開拓宙域は特定の国の勢力下にないため実質的には無法地帯になっている。そのため企業や惑星、使節団などは独自の警備隊を雇うのが通例だった。警備隊同士連携していることもあり開拓宙域の治安維持に役立っていた。この警備艇もおそらく惑星ヴァイツェンかその周辺の惑星の企業のものなのだろう。
「船籍は惑星ミード、船舶国籍証明書番号はMD3775611289、武装許可があるので武装しています、私は船長のロブです」
すらすらと涼井の横に立った船長のロブが答える。恰幅のよい男で、これはもちろん惑星アテナの動乱の際に世話になった憲兵将校のロブ中佐だ。今回は船長役を引き受けてくれたというわけだ。
『そちらの御仁は?』
「私はペルセウス・トレーディングの貿易課長のサカモトです。今回は我が社の物資のサンプルを運んでいます」涼井が答える。
『照合・確認したが問題なさそうです。ご協力ありがとうございました』通信相手の青年が敬礼する。帝国風の敬礼だった。元帝国の貴族の私兵か何かなのだろう。
『こちらは銀河商事の私設警備艇です。何かありましたら通信を送ってください。では』そういって通信が切れる。
ロブ中佐はほっとした顔つきで船長席に戻っていった。
「あれ? どうしたんですかカチョウ。こころなしか顔色が悪いような」
涼井は棒立ちになっていた。
(銀河商事? 偶然だろうか?)
銀河商事は涼井が心臓発作に襲われこの世界に転移する前に勤務していた商社の名前だった。もちろん日本語めいた言語が使われるこの世界では偶然ということもあるのかもしれない。あるかもしれないが役員の不正を告発しようとして足元を掬われ心臓発作にまで至った涼井の心中は穏やかではなかった。
「銀河商事……」涼井がつぶやく。
「銀河商事がどうしましたか?」とリリヤ。
「知っているのか?」
「そりゃ知ってるも何も……」
リリヤの話は驚くべき内容だった。
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