Re:【新規事業】偽装企業の起業
統合幕僚長ドーソン元帥の指示で涼井に回ってきた機密費はかなりの金額だった。だいたい駆逐艦1隻分の建造費用に相当する額だ。
機密費はこの世界でも野党などから常々叩かれているが、こういう秘匿度の高い任務で使用されるので、これを公表してしまったら宇宙軍が調査目的の偽装企業を作ろうとしていることは会計士などがみれば分かってしまう。涼井としてはありがたく使うつもりだった。
幸いこの世界の会社法や会社設立は地球とそこまで差はなく、手続きなどは一部自動化されてはいたが概念的なところはほぼ同じだった。
ただ新設法人がいきなり貿易のための輸送船などを保有して商社を経営するというのはあまりにも異様な事態のため、涼井は念のために社歴がそこそこある休眠企業を買収して宇宙軍で使うことにした。
以前、デイリーアテナタイムス社やヴァッレ・ダオスタ公の件で接収したフォックス・クレメンス社かその関連会社を使う案も考えたが、経緯を考えると微妙だったためその案は放棄した。
涼井はペルセウス宙域にあるペルセウス・トレーディング社を選定した。
社歴としては40年以上もあり、長年医療品を扱ってきた会社だったが、主要なルートがしばしば会戦などで閉ざされたことと社長のグレッグの年齢もあって塩漬け状態になっていた会社だ。
輸送船も1隻保有していた。
涼井は軍需関連企業のファンドに1度投資を行い、そのファンドからいくつかの企業を経由してペルセウス・トレーディング社に投資を実行した。
帝国による偽装企業に近かったフォックス・クレメンス社の事例に倣って株主なども分散させ分かりづらくした。そのために経由した企業には何億RDかバラまいたのだが、そのため彼らも好意的に動いてくれた。
事情を知らないで協力した企業もある。
そしてそのことはかえって好都合だった。
事情を知らなければ調べられても答えようがない。
そのことは涼井の計画に有利に働く。そういう計算をしていた。
かくしてペルセウス・トレーディング社は株式を100%譲り渡したものの、投資を得て久々に会社として動き出した。
涼井は実際に惑星ペルセウスの建物の一室を借り上げて宇宙軍の情報部から数名社員として出向させた。情報部には民間人と区別がつかないよう、話し方や歩き方、服装などの訓練を受けた者もいたのでやりやすかった。いくらこの世界でも軍人は仕草や歩き方、髪型などである程度区別はついてしまうためだ。
元の持ち主であったグレッグとは惑星ペルセウスのホテルバーで会えた。
「ワッハハハハ! いやまさかこんな形で復活できるとは思わなかったですワイ」
彼は苦労からかすっかり禿頭で、赤ら顔を酒で余計に真っ赤にしながら、怪しげな今後の事業計画などの怪気炎を吐いた。
涼井は微笑を浮かべてオーセンティックなホテルバーで横に座りじっくりと彼の話を聞いた。やや離れた席でバー全体を見渡している緑がかった髪の色をした眼光鋭い女性が座っていたが、言うまでもなく涼井の護衛のロッテ―シャ少佐だ。
グレッグはこれまでの事情を話し続けていた。彼は、事業を焦げ付かせたものの何とか今は惑星ペルセウスで細々と仕事を続け借金は返し続けていたグレッグは、よく話してみると人柄そのものは誠実で好感が持てた。軍への医療品納入もしていたことがあり、調達部門などには世話になっていたようで、その言葉の端々から伝わる感情としては、軍に対しても悪い感情はなさそうだった。
「しかし今回こんな会社を復活させても大丈夫なんですかいノ? 確かに社歴は長いですけんど」
蒸留酒ですっかり良い気分となったグレッグはふと真顔になって涼井に聞いた。
どこか目の奥で計算高い光が揺れていたようにも思う。しかし嫌な感じの目つきではなかった。
「えぇ、信用のためですからね。それに軍との医薬品納入実績など官公庁の仕事もやっておられましたから。ぽっと出の新設法人よりはずっと良いのですよ」
「はぁなるほどねぇ……ところでお兄さん、宇宙軍の英雄で元帥のスズハル提督にそっくりですな……まさか元帥閣下がこんな場末にいるわきゃないですけんど」
涼井は表情を変えずにそっとバーテンダーにおかわりを頼んだ。
「私はスズハルではありませんよ。さっきも申し上げた通りサカモトです。金融コンサルタントですよ。仰る通り元帥閣下がホテルバーとはいえここにいれば大騒ぎでしょうね。よく似ていると言われますよ……子供の頃から」
グレッグは感心したような表情を見せた。
似ているも何も本人なのだが、涼井は何となく血縁関係を匂わせることで納得感を作ったのだった。
涼井はそのままグレッグに役員報酬を支払って社長として残留してもらうことにした。そのほうが対外的な見栄えも良いと判断したのだ。
社長はグレッグのままだったとしても株式は100%抑えて役員会も掌握しており、実質的には宇宙軍、涼井がコントロールできる状態のため何の問題もなかった。
グレッグはこれで離散した家族を呼び戻せると喜んでいたのだった。
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