【2期目】おっさんが新規事業を始める件
【新規事業】偽装企業の起業
――開拓宙域は星図もまだ整っておらず航行が推奨されるルートも限られていた。
民間の武装商船「ドーントレーダー」は開拓宙域辺縁部を慎重に航行していた。
積み荷は開拓宙域では需要の高いリアクト機関に使う物質のひとつである反物質構造体を大量に積み込んでいる。
「ドーントレーダー」はずんぐりとしたひょうたん型の船で外郭には補修や塗装の跡がいくつもあり歴史を感じさせた。
武装商船のため40mmほどの口径の砲を搭載している。
開拓宙域は帝国領や共和国領と違い宇宙軍が治安維持しているわけではない。
許可と乗組員としての火器管制官が必要だったが合法的に武装することができる武装商船に許される中では最大級の砲だった。
「提督……じゃなかった司令長官……でもないや、カチョウ、もうあと3日ほどの距離で惑星ヴァイツェンに到着しますよ」
と民間船員の制服を着こんだ赤毛の女性……リリヤが操作卓を覗き込むようにして言う。
「カチョウの発音が気になるが……」細身の中年男性がくぃっと自身の眼鏡の位置を直す。「今のところ順調だな」
中年男性は涼井晴康だった。
またの名を共和国宇宙軍宇宙艦隊司令長官スズハル元帥という。
ドーントレーダーの船橋は狭く、操舵もオペレーションも、いざというときの火器管制、指揮も一緒にできる構造になっていた。
照明は暗めで、レーダーやモニタの類の明滅が涼井の顔を照らし出していた。
話は1週間ほど前にさかのぼる。
涼井は宇宙艦隊司令部に出勤しつつ、どうしても開拓宙域のことが気になっていた。開拓宙域は完全に中立地帯だ。権利も複雑に絡み合っており、調査や偵察名目だとしても、おいそれと共和国の艦隊を出すわけにはいかなかった。
開拓宙域は広がっている可能性があり、それが共和国の防衛政策に意外な影響を与える可能性があった。もしもロストフ連邦などの敵対的な国と結びついていた場合、予想外の場所からの奇襲攻撃などもあり得た。
涼井としては何としてもこの開拓宙域の実態を調べる必要があった。
「スズハル君、話はわかるが……」
元帥の階級章と統合幕僚長の徽章を身に着けたノートン元帥が腹を揺らしながら言った。
「開拓宙域は中立地帯。もちろん全く調査をしていないわけではないが……軍情報部の調査隊では限界があるのも分かっているのだが……」
軍情報部が諜報員を送り込んではいるようだが、開拓宙域にはまだ正式な民間旅客輸送の航路があるわけでもなく、かといって惑星から惑星ごとに存在する定期便に乗っていくにしても非常に時間がかかる。やはり自由に航行できる艦艇で情報収集を行いたいのは涼井の本音ではあった。
これまで涼井を支援してくれていた大統領エドワルドも退陣が決まり、あまり大きな動きはできない。これまでは帝国に対抗するためで通っていた強引な施策もリオハ条約によって停戦している今は通りづらくなっていた。
「軍人がおおっぴらに動けないのであれば、民間商船に偽装してはどうでしょうか?」
「例がないことはないが……」
「さらにバレにくくするために開拓宙域で商業活動をするために、商社を本当に作ってしまってはどうでしょうか?」
「む……」
この世界の軍人たちはどこか抜けている。
それは21世紀の地球人が当たり前に生きていくために身に着ける判断力や行動力といったものは、この世界では高度なAIやテクノロジーによって必要ない世界だからだ、と涼井は判断していた。
例えば買い物ひとつとっても辺境などの惑星はともかく、首都惑星ゼウスで最も進んだスマートスーパーマーケットくらいのクラスになると、商店に入った瞬間におおよそ買いたいであろう食品や飲料が自動的に選抜されて出てくる。自宅の保存庫の中の在庫状況や嗜好、健康状態、傾向、収入なども参考にされる。
買い物客は商店に入ったら立ち並ぶボックスの前に立って、多少の問答をするだけだ。
それでほぼ完全な買い物セットがボックスの中に送られる。自宅に直接届けるサービスもある。地球人なら自分で買い物の手順やほしいもの、懐具合と相談しながら買い物を行うところ、判断力のかなりの部分をAIにゆだねることができるのだ。
職業の専門化も進み軍人は本当に軍務のことしか分からない。
逆に言うとジャパニーズサラリーマンであった涼井の知識を生かして本当に商社を作ってしまえば、この世界では非常に疑われにくいということでもあった。
「分かった、スズハル君、君に一任しよう。機密費も使えるように会計と話しておくよ」
「ありがとうございます」
ノートン元帥は手順にこだわるところはあったが、丁寧に説明すれば理解してくれるタイプだった。涼井はその日から開拓宙域探索のための偽装商社設立に動き回ったのだった。
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