【重要】課長が目覚めたら異世界SF艦隊の元帥になっていた件です

 【重要】目覚めたら異世界SF艦隊の元帥になってた件です――とでもメールを打ちたい気分だ。


 涼井 晴康銀河商事 第三営業課長(36)は思った。


 ――いや、【重要】ではなく、【至急】とでも打つか? 


 涼井は微笑を浮かべた。

 しかし最早こうしたメールは必要ない。

 メールを打つ相手もいないし今や涼井が地球から持ってきたノートパソコンはネットに繋がることのない、単なる詰め込んだ情報を保存し整理することができる箱に過ぎない。


 首都惑星ゼウスの五つ星ホテル「トライアンフ」のベッドは寝心地が良かった。

 セキュリティ上の理由でスィートルームなどではなく前後左右をロッテーシャ少佐の部下が固めた形でラウンジ付きの階層の部屋に宿泊していた。

 

 そして涼井は、コーヒーを飲みながら眺めていた、空間投影されたニュース映像で初めて自分が元帥に昇進したことを知ったのだった。


 宇宙艦隊司令長官にして元帥・涼井晴康。

 それが今の自分の肩書きなのだった。


「提督ー! みんな待ってますよ!」

 副官のリリヤが飛び込んでくる。

 そして宇宙艦隊幕僚長となったバーク少将。


 第九艦隊時代から涼井を支えてくれた部下たちだ。

 ホテルの部屋を出るとロッテーシャ少佐と儀礼用の制服を着た陸戦隊がずらっと並んでいた。


 涼井はこの世界で覚えた敬礼で挨拶をしながらホテルから出る。

 この世界は人口密度が低いのだが、それでもホテル前には大群衆といえる人数が集まっていた。


 そして退陣し次の選挙が終了するまでは職務を続ける大統領エドワルドがホテルの入り口で待ち受けていた。


「スズハル提督、本当にありがとう。君のおかげで共和国は危機を乗り越え、帝国と停戦し、新たな脅威まで退けることができた」

 エドワルドは満面の笑みを浮かべて握手を求める。

 涼井はその手をしっかりと握って応じた。

 マスコミが一斉に立体映像用の端末を向ける。


 エドワルドは重荷を降ろしたためかいつになく上機嫌だった。

 彼も大変だっただろう。

 戦時内閣だったとは云え野党の突き上げもあり、革命的反戦軍とそのシンパによる執拗な反戦運動もあった。シンパたちはリベラル系のメディアにも浸透しエドワルドの悪評を流し続けていた。


 しかし彼は善く政権を支え涼井たちに政治面からの支援をし続けた。 

 エドワルドの支援がなければチャン・ユーリンの叛乱を抑えたあの大動員も成功しなかっただろう。


 エドワルドに伴われて涼井は宇宙艦隊司令部へと移り、そこで元帥の錫杖をエドワルドより議会を代表して手渡された。涼井は働きに名誉を以て報いようとする姿勢には素直に感謝していた。

 時には名誉が人間を勇気づけ精神的な支えとなることもあると、涼井は考えていた。


 涼井の就任式典は盛大に行われた。

 憲兵隊のロブ少佐、前線から遠くやってきたロアルド提督、皇帝となったリリザの代理で現れたカルヴァドス・ミッテルライン公、帝国行きで同行したファーガス海軍中将、などなどが次々に祝辞を述べた。

 

 涼井もいつになく酔っ払い、宴もたけなわの頃、涼井はふと式典会場となった宇宙艦隊司令部の迎賓館のバルコニーに出た。そこは無人で遠くゼウスの都市の夜景が煌めいていた。

 夜風が吹き渡り涼井のアルコールで熱くなった体を冷ましていった。


 涼井はこの世界がすっかり好きになっていた。

 どこか間抜けな軍人たち、十分にサラリーマンとしての経験を生かして活躍できる戦場、もちろん殺伐とした部分も皆無ではないが手応えとやり甲斐を感じていた。

 ではなぜこの世界の軍人たちはどこか抜けているのか。 

 その点は涼井にとっては疑問のひとつだった。

 もうひとつは皇帝リリザがふと涼井のことを「涼井」と呼んだこと。

 リリザは戴冠式の夜、とある秘密を涼井に共有した。それについては確かめなければならないことがある。

 そして地球にいた涼井自信は心臓麻痺で死んだのか、それともそうではないのか。

 

 しかし今は首都惑星ゼウスの心地よい風と美味いアルコールですっかり良い気分になっていた涼井からは、疑問は消え去っていった。後ろを振り向けば新たな仲間達、これから待ち受けているであろう新たな旅路がある。


 今後は大統領選が行われ、今度はリベラル系の大統領になるという噂もある。

 その人物と立ち向かいながら宇宙艦隊を維持し、場合によっては開拓宙域にも踏み込まねばならない。

 まだまだやることは山積みだった。


 この世界の英雄スズハル元帥が宇宙艦隊の黄金期を築いていく輝かしい時代はまだ始まったばかりだったのだった。

 


 

 

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