第73話 【経費精算】共和国の政策

 アルファ帝国の皇帝戴冠式は無事に終了した。

 涼井と国務長官アレックス、そして海軍第一艦隊は無事に惑星ゼウスへと帰港した。帰りは例によって途中までは帝国艦隊が護衛につき、アルテミス宙域からは共和国艦隊が護衛についた。

 

 帝国との停戦。

 これは共和国においては極めて重要な転機だった。

 さっそく野党は軍備削減を唱えて騒ぎはじめ、そこら中で停戦と皇帝の戴冠を祝うパーティーが開催され、将兵の緊張も著しく緩んだ。


「スズハル提督……いやスズハル君、ようやく落ち着いたね」

 共和国大統領のエドワルドは瀟洒なスーツに身を包み、執務室の窓から惑星ゼウスの都市をみおろしていた。首都惑星といっても銀河に人間が広がっているこの世界は、地球に比べれば人口密度は低く、酔っ払って楽しそうに歩いている人々もどこかまばらに見えた。


「ようやく肩の荷をおろせるよ。この戦時下でも野党の突き上げ、軍備削減要求などなどが激しくてね。君の要求する動員計画も実施するのは本当に大変だった……」

 エドワルドはそう言ってニヤリと笑い、机の上のクリスタルデキャンタに入った琥珀色の酒を2つのグラスに注ぎ、1つを涼井に渡してきた。


 涼井はありがたく頂き、口をつける。

 豊かな香りが広がり華やかな味が喉を潤していった。

 よく熟成したブランデーに似ていた。


 エドワルドは本当に大変だっただろう。

 特に野党を支持していた反戦的革命軍の軍事力はフォックス・クレメンス社の壊滅とともに後退したがそのシンパなどは正体を隠して生き残り反政府活動や軍備削減活動にいそしんでいた。

 その中で政権を維持し、正攻法でチャン・ユーリンの反乱軍を抑え込むのに必要な一時的な軍備拡大と大動員計画を承認し精力的に進めてきた。

 政治と軍事が協力しなければあの大動員も、天才チャン・ユーリンを正面から撃破するのも難しかったかもしれない。動員計画も政府や議会の協力がなければ不可能だっただろう。


 エドワルドは「戦争屋」と野党になじられてきたが、果たしてあの状況で軍備を削減されても帝国軍を支えきれずに結果として領土となる惑星を喪失していたかもしれない。そしてそうした時に決して軍備削減を主張していた側は責任を取らないのだろう。


 しかし涼井は言わなければならないことがあった。

「大統領……まだ警戒は続けなくてはならないかもしれません」

「……!」

 そして涼井は開拓宙域の話をした。

 不自然な輸送の増加、大量の物資が送られている可能性があること。

 それらは推測にすぎなかった。しかし何かが起きているのは疑いようがなかったのだった。


――それから数か月。

 涼井の進言が容れられ、完全な臨戦態勢は解除され、臨時動員されていた予備役の将兵は除隊が決まったものの警戒のために正規の軍備は残されることとなった。


 宇宙軍は宇宙艦隊司令長官スズハル大将を中心として大きく再編された。


 宇宙艦隊司令長官 スズハル大将

 宇宙艦隊幕僚長 バーク少将

 アルテミス方面艦隊(3個艦隊) ロアルド大将

 首都方面艦隊(2個艦隊) ニールセン大将

 機動艦隊(8個艦隊) スズハル大将直轄

 沿岸警備隊(2個艦隊)ルアック大将


 大将の階級を持った将官が複数の艦隊を運用することになった。

 各惑星に1個艦隊づつ置くかつてのやり方は撤廃された。

 結局は戦力の集中のためには難があるためだった。


 役割を分担し、防衛的に用いる艦隊の集団と機動的に運用される艦隊をわけたのだ。予備役の将兵は基本的には除隊させ現役の将兵で固め規模を帝国と対峙していた頃と同程度に戻した。

 大動員計画によって短期でチャン・ユーリンを抑え込むことに成功したがその際に発行した国債は膨れ上がり財政が悪化していただめでもあった。


 そしてこの新たな体制が施行された後、大統領エドワルドは辞任を発表した。

 そのわずか数日後。

 ロストフ連邦の艦隊が共和国の辺境星域に出現したとの報が駆け巡ったのだった。

 

  




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