第72話 【出張経費】錯綜

「わしゃ知らんぞ!」

 襲撃の後、大演説をしていたペリニヨン伯爵はそのまま宮殿の取調室に連れていかれていた。

「でしょうね」

 しかし襲撃の際の様子からみて関係ないは明らかであったため、2人の帝国憲兵はかえって困ったような空気で取り調べを進めていた。


「それにしても間抜けな襲撃犯たちだったな」

 帝国皇帝となったリリザは皮肉っぽい微笑を浮かべた。

「全くです」

 涼井がうなずく。


 アンダルシア宮殿は平野の中の丘の上に、天然の石を使って建造されている。

 もちろん様々なセンサー類やシールドで防御はされているが見た目は美しい、地球でいうところの近代の優美かつ豪奢なシェーンブルン宮殿を何倍もの大きさに拡大したかのようだった。


 事件の後、過激派貴族のグループであることが判明した犯人たちは連行された。

 リリザと涼井は宮殿からそびえたつ塔のひとつにおり、バルコニーに出ていた。

 アンダルシアはすっかり夜となり帝都の周囲にある街にぽつぽつと明りがともり桎梏の絨毯に宝石を敷き詰めたかのような光景だった。


 リリザと涼井は関係者だけで行われた戴冠式の後、このリリザお気に入りの休憩所にやってきて、ワインを傾けていたのだった。


 夜風が吹きわたりリリザの銀髪をふわりとなでていった。


「それにしても傑作だったわね。ペリニヨン伯爵の反応も」

「ですね」


 襲撃犯たちはほぼ無計画に押しかけたようだった。

 てっきりペリニヨン伯爵は陽動かと思われたのだが無関係だった。

  

 ただ襲撃犯たちはそもそも宮殿に持ち込めたのは携帯型の火薬式銃にすぎず、それは戴冠式として設定された大広間に張られていたシールドで防御されたのだった。


「言うのは簡単ね。ただ準備はかなり大変でしたけど」

 艦艇などで使うシールドは全長数百メートルにも達する物体を守ることができる。しかしその代わりにリアクト機関が生み出すエネルギーをそのまま利用できる。

 近代的な改装がなされているとはいえアンダルシア宮殿にはそこまでの設備はない。


 そこでアンダルシア宮殿専用の大気圏内航空機用のポートに警備名目で哨戒艇を数隻置いた。哨戒艇は全長せいぜい70mだが、一応は恒星間航行が可能で小さいがリアクト機関を備えている。

 哨戒艇は実際に1~2隻がたまに飛び上がって帝都上空を警戒した。


 しかし1隻は固定され、そこからシールド発生装置を取り外し大広間の下に設置した。シールドで大広間や、その他想定された襲撃場所を護ることができるようにしたのだ。

 これらは全て戴冠式のための大修理の名目でひっそりとヴァイン公直参の家臣や、カルヴァドス伯爵の私兵のみで行われた。


 もちろん時間はかかる。

 これを発案したのは涼井だった。それはリオハ条約の会談まで遡る。


 帝国ではどうしても求心力を高めるために戴冠式は行う必要がある。

 必要はあるが、反対派や過激派の貴族たちを炙りだすことができると考えたのだった。


 戴冠式を行わないということも考えられたが、それではかえっていつどこで誰が襲撃に来るか分からなかった。あくまで六大選帝公が内乱で勝ち取っただけの危うい帝位だから暗殺の危険は常にあった。


 時間がかかるがゆえに涼井たちは戴冠式の発表とともにゆっくりと、しかも外交儀礼の要素が強い海軍の宇宙艦艇でやってきたのだ。いろいろな星で会食やパーティを繰り返しながら。

 当然、今回の重要な講和相手である共和国の使節の到着を待って戴冠式は行われることになる。発表から長い時間がかかっても不思議ではなかった。


 そして戴冠式を発表することで襲撃対象の可能性を狭めたのだった。


「もちろん本当にやるとは思ってなかったけど、やってくれたわ」

 リリザはグラスに半分ほど残ったルビー色のワインを飲みほした。


「そういえば……」 

 涼井は問いかける。

「なぜ私のことを『涼井』と呼んだのですか?」

「知りたい?」

 リリザは年齢に似つかわしくない謎めいた表情をその銀色の瞳の中に浮かべた。


「……もし帝国皇帝の婿に入ったら教えてあげると言ったら?」

 その囁きは蠱惑的に思えたが、涼井は困ったような表情を浮かべた。

 リリザは笑った。


「冗談よ。冗談……それは……」

 リリザは涼井の耳元に何かをささやいた。涼井の表情が変わる。


 その時また夜風が帝都アンダルシアを吹きわたり、リリザの銀髪をなでていったのだった。


 

 

 


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