第71話 Re:【出張】帝都アンダルシア
惑星アンダルシアの軍港は騒然となった。
地上走行型の装甲車が多数詰めかけて戦艦ポセイドンの周囲を囲んだ。
もっとも地上に降りているとはいえこの堅牢な旧型戦艦の装甲より頼もしいものはなかったのだったが。
「やれやれいきなり銃撃とは……」
医務室に運ばれて一通りの処置が終わった国務大臣アレックスはベッドの上でため息をついた。涼井とリリヤはその傍の椅子に座っていた。
「しかも火薬式……殺そうというよりは示威行為なのかもしれませんね」と涼井。
「なるほど……確かにな……」
「何はともあれ戴冠式そのものを妨害する意図があるのかもしれません。しかし堂々と戴冠式には出席しましょう」
「次こそ暗殺の危険があるのではないか? 共和国の大臣なり……貴官なりの暗殺に成功すれば戦争再開の口実としては十分だろう」
「それはこのようにするのです……」
涼井はアレックスの耳元で何かささやいた。
アレックスの表情はだんだん楽し気なものに変わっていった。
「なるほどスズハル提督。それで行こう」
「えぇ」
涼井はニヤリと笑った。
――皇帝となるリリザの戴冠式は予定通り行われるというニュースが帝都を駆け巡り、暗殺を狙った者たちを慌てさせた。
「まさか!? あれだけの行動をしてみせたのだ。共和国の大臣を衆目の前で撃つという、それで強行するというのか」男が声をあげた。
「思うになかったことにでもしないと共和国やその他の国の前で体面が保てないのでないか」別の男が言う。
「ならばその体面を正面から粉砕してみせるべきだ」さらに別の男が気勢をあげる。
「そうだ!」「そうだ!」その場にいた男たちは次々に叫ぶ。
「決行だ! 次は共和国の英雄スズハルを暗殺してしまうのだ」
「そうすれば軍事的な英雄を失った共和国など帝国の敵ではない。混乱の中、ヴァイン公も新参のミッテルライン公も全て討ち取ってしまえば我々の天下だ」
男たちは頷き合った。彼らはこの陰謀の成功を確信していた。
――戴冠式は宮殿で盛大に行われた。
舞踏会のための大広間に各国の列席者が揃い、帝国の儀仗兵がきらびやかな軍装で並んでいた。多数の帝国貴族も招待され、小型の内火艇なら2機は並ぶことができそうなほど広大な大広間は絢爛豪華の一言だった。
華麗な金管楽器のファンファーレが鳴り響くと皇帝の衣装に身を固めたヴァイン公リリザが玉座の背後から現れた。列席者の間から感嘆のため息が漏れた。
それはシルクのような布地に本物と思われる金糸銀糸があしらわれた荘厳なローブだった。そこに銀髪が揺れきらめき、まるで絵画のような美しさだった。彼女は玉座の前に凛として立った。……後は皇帝の冠が届くのを待つだけだった。
帝国の公爵や侯爵たちが玉座からみて左側に、そして右側の最上位に共和国国務大臣のアレックス、共和国の英雄スズハルが並び、その他の国々の諸将や大臣も並んだ。彼らも一様にリリザを見つめる。それは羨望だったり、値踏みするような目つきだったり、あるいは敵意ともとれる表情も混じっていた。
「お待ちなされ!」
その時、大広間に大声が響いた。
帝国貴族の軍服に身を固めた大柄な老人がゆっくりと入ってきたのだった。
肩には何か大きなものを担いでいる……それは透き通った袋に入った無数の帝国貴族たちの肖像画だった。その異様な光景に周囲は一瞬息を止める。
「ワシは帝国伯爵ペリニヨン……ひとつ発言を許していただきたい」
彼はゆっくりと大広間の中央に進み出て、そこで袋を下した。
「これは今回の大戦で戦死した帝国貴族たちの遺影だ……何ゆえ彼らは散ったのか。共和国を倒すためではないのか!」
彼は演説するような声色で広間の周囲を眺めまわした。
「そもそもヴァイン公がその帝冠を戴く正当な理由があるのか。もとは反逆者ではないか! それがいつの間にやら共和国と結び……皇帝になる。そんなことが許されるのか!」彼は叫んだ。
ペリニヨン伯爵はその大きな背中を震わせた。
そしてゆっくりと遺影のひとつを掲げた。
全員が……儀仗兵でさえも……その動作に注目していた時、大広間の入り口から入ってきた男たちがいた。彼らは腰から銃を抜くと口々に「お命頂戴!」と叫び銃を構え涼井に向けて発射した。
乾いた銃声。
それは火薬式の古式銃だった。
彼らは倒れる涼井の幻影を見た。
……しかしそれは起こらなかった。
「えっ?」
銃撃した男たちが驚愕の声をあげる。
「何事じゃ?」
ペリニヨン伯爵も驚いた声をあげた。
男たちの銃撃は……広間の途中で霧散していた。
「かかりましたね」リリザが酷薄なほほえみを浮かべた。
広間の入り口付近にいた貴族たちが礼装を脱いだ。
彼らは完全武装の帝国海兵隊だった。
瞬時に男たちの銃は弾き飛ばされものの数秒で帝国海兵隊に制圧されたのだった。
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