第52話 【新規案件】チャン・ユーリン提督の独走
––チャン・ユーリン提督の指揮する第3艦隊がヘラーハデス宙域に独断で向かった––
その報告が第9艦隊司令部にもたらされたのはまだ朝のことだった。
涼井は前日の夜、当直士官のエリック中佐の指揮する訓練を見物し、その後夜遅くまで首席幕僚のバーク大佐と訓練計画について話し込んでいたのだった。
翌日は非番だったため、就寝する前に酒を飲んで熟睡していたのだがその突然の報告に叩き起こされた。
艦隊司令部はどちらかというとのんびりムードだったが、涼井は主要な幕僚を艦橋に集めて状況を分析させた。
さらに大統領官邸からも重力子通信でメールが入っており、だんだん事の詳細がわかってきた。
チャン・ユーリン提督はかつてのスズハル提督と双璧をなす名将だった。
本来的な性格は物静かでリベラルな思想を持った知的な提督といった風合いだったが、戦闘となると強く、特に奇策で相手を出し抜いて勝つというパターンが多かった。スタンドプレーも多く戦闘には強いが勝手に戦線を離脱するなどの奇行も多く司令部では持て余していたようだった。
涼井がこの世界に転生してくる前にチャン・ユーリン提督は戦闘中に負傷ししばらく戦線から離脱していたようだった。
そのため共和国のここ最近の一連の作戦には参加していなかったのだが、先の艦隊再編成の際に負傷の癒えたチャン・ユーリンは現役に復帰してきたのだった。
大統領官邸からのメールによると、どうも「次の帝国への作戦をスズハル提督が構想中」ということ自体はすでに各艦隊司令部には通知されていたようだった。
しかしなぜチャン・ユーリン提督は独断で辺境に向かったのか。
それについてはまだ謎だったが、涼井がこうした時のために張り巡らせていた沿岸警備隊による情報収拾によって、状況がどんどんと明らかになってきた。
涼井は艦橋のメインモニタにチャン提督の戦績を表示した。
艦橋に集まった幕僚や先任下士官たちからざわめきが漏れた。
ヘラ・ハデス宙域から帝国領に侵入したチャン艦隊は辺境を警備していたルーション子爵艦隊4000を撃破。被害なし。
続いて救援に向かう途中だったグロスター伯爵艦隊5000を撃破。被害軽微。
さらに帝国の奥深く、帝国領ベネデス宙域に到達したチャン・ユーリン提督は迎撃にかけつけた6大選帝公の1人、ザクセン公爵の艦隊21000隻を撃破。ザクセン公戦死。
ここで司令部のざわめきは頂点に達した。
普通に考えたら赫赫たる戦果である。
猛然と帝国領に侵攻し、敵の大幹部を討ち取ったのだから。
しかし問題はチャン・ユーリン提督の独断という点だ。
当然だが大統領エドワルドも、宇宙艦隊司令部も許可を出していない作戦だった。
戦果はすさまじいが司令部や大統領の決済がない状態で敵の名だたる貴族を討ち取った、というのは明らかに独走でありいわゆる
「何はともあれ我々も出動準備だ。訓練や補給のため散った艦艇を集合させる」
涼井はそう決断し、第9艦隊が暫定的に駐屯していたポセイドン宙域にて準備をはじめた。
一方で大統領府にも確認の重力子通信をいくつか送った。
さすがに涼井にとってもこの事態は予想外だった。
涼井は宇宙艦隊司令部に連絡し、各艦隊も準備を整えるよう要請した。
その間にもチャン・ユーリン提督の第3艦隊は帝国領で暴れ回り、ついに帝国領のリオハ宙域にまで攻め込んだ。
このリオハ宙域は帝国の交通の要衝で辺境域と中央を結ぶ重要な拠点だ。
そのため衛星型の要塞が、中域の複数箇所に置かれ、駐留艦隊の戦力と相まって非常に協力であり、数十年間共和国はここまで攻め込んだことは殆どなかった。
そしてチャン・ユーリン提督は、それまでの戦闘で鹵獲した帝国艦艇をうまく使って大要塞を次々に陥落させ、あっという間に帝国領リオハ宙域を攻略してしまった。
さすがに多少の被害は出たようだが、とにもかくも彼はそれに成功した。
そしてチャン・ユーリン提督がリオハ共和政府を樹立するという宣言を共和国と帝国双方に送ってきたのはチャン提督が侵攻を開始してから1ヶ月ほどたった日であった。
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