第37話 【会計監査】調査のため出張します

「提督ー!」

 臨時でアテナ惑星政府に借りた執務室に副官のリリヤが飛び込んできた。

 リリヤ中尉はサラりとした赤毛のロングヘアを振り乱さんばかりにしている。

「聞きましたよ、身の回りのお世話を陸戦隊にやらせてるとか……」


 確かに副官の職務には提督の雑務や庶務のほかに世話役的な秘書業務のようなものも含まれる。

「提督の眼鏡をくぃっも見られないし、どういうことですか!」

 

「……入ってもよろしいですか?」

 困惑顔の大柄で小太りの男性が扉から半身乗り出してきた。

 憲兵のロブ少佐だろう。服装は陸戦隊そっくりのジャケットだが銀色の飾緒をぶらさげている。


「二人とも入りたまえ」

「はっ」

「きー!」


 最後のリリヤの猿叫は聞かなかったことにして、涼井はロブ少佐に椅子を進める。

「さっそくだが……」


 ロブ少佐は憲兵大隊を引き連れてきていた。

 憲兵は軍における警察のようなもので捜査権を持っている。地球の日本の場合は憲兵にあたる組織は民間人に対する捜査権は持っていなかったが、この世界の憲兵は民間人も捜査できる。


「革命的反戦軍の調査を頼みたい」

 そう言って涼井はロブ少佐にこれまで調べた内容を全て渡した。


「了解です」

 2〜3質問してロブ少佐は敬礼して立ち去った。


「きー!」

「提督、さきほどご依頼なさっていた水のボトルですが……」

 ロッテーシャ大尉がちょうど水を持って入ってきた。


「きー!きー!」

「……あら? リリヤ学生?」

「……!」

「士官学校いらいかしら?」

「……ロッテーシャ先輩」


 どうやら副官のリリヤは士官学校時代、ロッテーシャの1学年下だったらしい。

 かなり巨大な士官学校らしいがたまたま学生隊が一緒だったのだそうだ。


 すっかりリリヤは大人しくなったが、せっかくなので涼井はいくつか抱えていた雑務をリリヤに振った。結局休暇は返上状態になっているので助かるといえば助かるのは事実だった。


——数日経ってロブ少佐が調査結果を持って現れた。涼井からみてかなり深刻な表情だ。

「提督、憲兵を民間人に偽装させてここ周辺を探索させました。また憲兵本部に情報を送って調査させた結果……」

「ふむ?」


「革命的反戦軍は規模はまだ何ともわかりませんが少なくとも数万人の同志がいるようです。共和国の軍や民間企業、様々な組織に浸透してます」

「色々なところに仲間がいるわけか」

「その通りです」


 ロブ少佐はこの間捕まえたワイルダー「将軍」も尋問し、さらなる情報を聞き出していた。


「革命的反戦軍は同志の企業をうまく軍需産業にもぐりこませ艦艇の横流しをやっているようです」

「なるほどな」

「たいていの反戦団体ともつながりがあり、"良心的"で"進歩的"と称される人々の中にはどうも著名な政治家や軍人も名を連ねているようです」


「ほう」

 涼井の眼鏡がきらりと光る。


「このタイミングで調査して良かったですな。どうもアテナ宙域は連中の本部があるようで……帝国軍のスパイと思われる人物が出入りしている形跡もあるようです。このまま放置していたらいずれ……」


「なるほど概ねは分かった。ありがとう。さっそくだが……」

「はっ、何なりと」

「久々の提督の眼鏡キラーンがクールです」

「……」


 数日後、涼井は念の為防弾衣を着込みロブ少佐と一緒にとある場所にいた。

 デイリーアテナタイムス社。

 アテナ宙域にあるローカルな報道局だ。その報道局が入る都心部のビルの側だ。


 社員数もそれほどいないが非常に平和的で反戦的な報道を好む局として知られている。

 涼井がすっと手をあげ、ためて下ろした。


 その合図で報道局周辺に停まっていた地上車やそこらじゅうのビルからどっと完全武装の憲兵隊が飛び出し一斉にデイリーアテナタイムス社に突入して行くのだった。


 

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