第21話 Re:【複式簿記】一方その頃

 涼井がロアルド提督から通信にて報告を受けたのは9月12日のことだった。

 アルファ帝国の選帝公であるヴァイン公リリザを救助して共和国に連れてきたとのことだった。

 あくまで内内の報告であって宇宙艦隊司令部にはまだ連絡していないらしい。


「なるほど、ぜひ会ってみたいな」

 涼井は第9艦隊の幕僚オフィスでふとつぶやいた。

 

 第9艦隊は先の第四次アルテミス宙域会戦の後、ハデス宙域に駐留していた。

 第12艦隊と沿岸警備隊を指揮下には置いているが、特に新名称は付けず便宜的に第9艦隊と呼称している。

 

 ハデス宙域は白色矮星を中心とした惑星系だ。

 地球よりも小さなその恒星は青白くどこか頼りない光を放っている。

 そのせいではないだろうが共和国でもかなりの辺境の地という扱いで人口も2400万人程度だ。

 帝国とも境を接してはいるが、帝国のほうも辺境で、かつ中立的な貴族の領土が近く戦闘になったことはほとんどない。唯一の例外はカルヴァドス伯爵による侵攻作戦とその領有だった。

 

 ハデス宙域では直径だけは大きい第5惑星の惑星が居住用となっていて、人口の大半はここに住んでいる。

 カルヴァドス伯爵の降伏によって大半の帝国民たちは退去したが、一部はカルヴァドス伯爵に従って残り、捕虜のような状態で暮らしている。


「かなりの美人らしいですよ」

 と、こちらはリリヤ。赤毛をサラリとロングヘアにした副官だ。

 少し抜けている気がするがこの世界の知識やスズハル提督の人となりをよく知っているので貴重な存在だ。

「……噂によると姉妹を皆殺しにして選帝公になったとか」

 主席幕僚のバークが白ヒゲを指先で整えながら言う。


「ほう……」

 涼井は目を細めた。

「提督、興味持ちました? 前は女性関係とかちょっと嫌そうだったのに……」

「スズハル提督はあの負傷以来すっかり人が変わりましたなぁ」


 人が変わったというより別人なのである。

 涼井はスズハル提督という人物を色々と調べたが、確かに不敗の名将といっても差し支えなかったが、あまり協調性はなく、厭世的で、どちらかというと学者肌のような感じの性格をしていたようだった。

 軍人にしては運動神経もよくなかったようだ。

 というよりこの世界の軍人に運動神経はあまり要らないらしい。


「それで、今、そのリリザという人物はどこにいるのだ?」

「あぁ、まぁその……」

 リリヤの目が泳ぐ。どうも都合が悪い背景があるようだ。


「つまり?」

「提督、その冷たい探るような視線サイコーです」

「そういう話ではない」


 彼女によると、ロアルド提督は意識のないヴァイン公リリザをシャトルで収容後、信用できる部下に任せて何とこのハデス宙域に送ってきたとのことだった。いきなり中央に送るよりも領宙侵犯をしてしまったことの処置を含めてスズハル提督に任せたのだ。

 

 涼井にとってかゆいところに手が届く絶妙な処置だった。

 とはいえ責任をある程度押し付けられた気もするが、そこに気を回すのもジャパニーズサラリーマンである涼井の腕の見せ所でもあった。


 ヴァイン公リリザは惑星ハデスの軍病院に収容されていた。

 涼井はリリヤとバークを伴って出かけ、地上車で軍病院に向かった。

 高速道路は広くほとんど車も通っていない。景色は雄大だが赤茶けた大地が延々と広がっていた。

 この直径の大きなスーパーアースに2400万の住民たちが点在しており、ところどころに都市が建設されていた。


 アフリカ大陸よりも巨大な湖なども存在しその奇観は地球にはあり得ないものだ。

(東京とは……いや、地球とは大違いだな)

 リリヤやバークは珍しくもないという態度だったが、こうした光景自体が涼井にとっては奇異に感じられていた。


 軍病院は補給所などに併設されており、ゲートでIDを見せるとすぐに入ることができた。

 艦艇の補修もできることからとにかく巨大で見渡す限り金属の城が延々とつらなっているように見えた。


「さて……」

 リリザの個室に許可を得て入室する。

 自動ドアが開くと清潔な病室の奥に大きなベッドが置かれており、そこに銀髪の少女が座ってこちらを待ち受けていた。白磁のように白い肌に銀髪。美しいといって差し支えないだろうがその目は威厳と不敵さに満ち溢れていた。


「初めまして……」

「わたくしがヴァイン公リリザですわ。スズハル提督ね、待っていましたわ」

 リリザが氷のような微笑を浮かべる。


(これは容易ならざる相手だ……)

 涼井は心の中だけで気合を入れなおし、わずか19歳の帝国貴族の最高峰に向かい合った。

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