第20話 【複式簿記】一方その頃
アルテミス宙域は共和国にとって帝国と接する数少ない宙域のひとつである。
回廊状となっていて、安全地帯となっている回廊以外はかなり危険な中性子星や超新星爆発の兆候のある恒星などが点在し、わざわざ航行する船艇はいない。
いまアルテミス宙域を任せれているのはスズハル提督が推したロアルド・ホーネット大将だ。
彼は第2艦隊司令官として先の第四次アルテミス宙域会戦に参加し前線した。
灰色の髪を整えた長身痩躯の初老の男だ。
目は年齢の割には活力にあふれ鼻は高く威厳のある顔立ちをしていた。
アルテミス宙域には彼の率いている第2艦隊に加え、第8、第11の残存艦隊を加え、漸次戦力の回復を図っている一方、帝国領ににらみを利かせている立場だった。
ロアルドは第2艦隊のうち高速巡洋艦と駆逐艦だけを500隻ほど引き連れアルテミス宙域の帝国領付近で偵察活動を行っていた。
「ふむぅん、妙だな」
ロアルドは提督席で顎ヒゲをなぜた。
帝国において通信量が増加し、平文での通信も増えているようだった。
この時代、通信は重力子線通信が一般的だが、平時は暗号文で送るため容易には解析できない。
その中で通信量が増加しているということは、帝国の艦隊が何らかの動きをしていて、さらに平文での通信が増えているということは何か相当慌てていて、暗号に変換する余裕すらない可能性があった。
「もう少し帝国領に近付いてみよう」
ロアルドの小艦隊は小衛星や遊星などに紛れるようにして帝国に接近した。
500隻程度であればこうして欺瞞しながら接近することはできる。
帝国領に近付き情報収集をすると、通信量が凄まじい量となっており、部隊呼び出しや非常事態、救助を要請する通信が見られた。オペレーターが困惑するほどの量でまさに「戦時」といっても過言ではない。ただの演習ではここまでヒステリックな通信が行われているとは考えられなかった。
ロアルドは決断した。
国境線に艦隊を残し、偵察向きの高速かつ受動的なセンサーが強力な艦艇を選び出した。
駆逐艦「Yuki-7223」はYuki級の高速艦艇で武装は軽火力だがその代わり高速性と機動性、隠密性に勝っているタイプだった。
ロアルドは自ら乗り込み、帝国内に領宙侵犯を開始した。
通信量の多い方面に進み、帝国の哨戒ポイントや要塞などをいくつかやり過ごした。
その時、ブザーが鳴り響いた。
「敵! ……の残骸の反応です!」
「ほう?」
メインモニタには目の前に広がる残骸が映し出された。
多数の艦艇の破片や残骸と思われる物体が広域にわたって散在し、近くの赤く燃える恒星のおぼろげな光を反射し異様な光景となっていた。
眼前では2/3以上を破壊された戦艦の残骸が細かな破片をまき散らしながら宇宙空間をゆっくりと漂流している。
その背後にはいくつものきらめく破片や別の艦艇の残骸がたゆたっていた。
いずれ近傍の恒星に飲み込まれるのだろう。
どうやらかなり大規模な戦闘が行われたようだった。
ただ通信量は収束しつつあるが、帝国領内のもっと奥深くでは激しい戦闘がまだ行われているらしい。
こちらは数にして2~3000隻ほどが壊滅したといったような跡だった。
「……内戦……か?」
その時ロアルド提督の艦は生存者のいる可能性のあるシャトルを発見した。
どこかの艦艇の内火艇なのだろう。
機関部を質量弾に撃ち抜かれたようだが奇跡的に居住部分には被害が少なく、他の残骸に紛れてそれ以上の攻撃を受けなかったようだった。
ロアルド提督はそのシャトルを収容し、これ以上の深入りは危険との判断もあり急ぎ共和国領に引き返した。
シャトルの生存者は僅か5名だった。
そのうち1名は帝国の選帝公にして若干19歳のヴァイン公リリザであることが判明したのは、彼女が意識を取り戻した1週間後のことだった。
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