第19話 Re:Re:【棚卸】女公爵が進撃する件
艦橋には敵接近をしらせるブザーが鳴り響いていた。
ヴァイン公爵リリザは丁寧に編み込まれた銀髪をふりみだし立ち上がった。
「ヴァッレ・ダオスタ公……まさか……裏切りとは……」
しかし現に同盟者として一緒にアルファ帝国首都アンダルシアに進撃していたヴァッレ・ダオスタ公の艦隊は、リシャール侯の主力艦隊と肩を並べて首都に迫っている。
「……ヴァッレ・ダオスタ公から通信が入っています!」
オペーレーターが叫ぶ。
「……映せ」
リリザの目の前にヴァッレ・ダオスタ公が映し出される。
100kgは軽く超えたでっぷりと太った巨体、意地の悪そうな表情をした中年男性が現れる。
しかし仕立ての良い貴族用の軍服を着こみ階級章は「大将」を身に着けていた。
『これはこれはヴァイン公爵リリザ殿、御自ら通信を受けていただけるとは』
大仰にヴァッレ・ダオスタ公が貴族風の御辞儀をする。
「……用件は何だ?」
リリザはきっと前を見据えて問うた。
ヴァッレ・ダオスタ公爵はそれを見て哄笑する。
『ブ……ブハハハハ! 何故、などは無いのだな。なかなか重畳、重畳』
「用件を申せと言っている」
ヴァッレ・ダオスタ公爵は舐めるような視線でリリザを見据える。
リリザは背筋に何か冷たいものが走り回るのを感じた。
『……
ヴァッレ・ダオスタ伯爵が微笑する。
『降伏を受け入れれば悪いようにはせん……そう公爵位ははく奪するが我が家来として生きていく道もあるであろうなぁ』
「……なるほど」
リリザはかろうじて気丈さを保ちヴァッレ・ダオスタ公爵を睨みつけた。
「裏切ったのではなく最初からそのつもりでしたのね。皇帝選挙を求めに圧力をかけにいくというのは最初からお題目。目的は選帝公たる私を罠にはめ、戦力を奪い、そもそも皇帝候補者を1人消す……のみならずリシャール侯に恩を売りつけあわよくばパートナーとなる……」
ヴァッレ・ダオスタ侯爵は目を細め表情を消しただ聞いている。
「皇帝の座へ近づくというわけね、違って? ヴァッレ・ダオスタ!」
『……どう取ってもらっても構わないよヴァイン公爵閣下。ただ最後の最後まで交渉の余地は残してあげよう……それが慈悲だ』
通信は切れた。
それと共にリシャール侯の主力艦隊、ヴァッレ・ダオスタ公爵の艦隊、ブルゴン伯爵の艦隊が一斉に襲い掛かってきた。
今にして思うとブルゴン伯爵はあくまでリシャール侯、ヴァッレ・ダオスタ公爵が合流するまでの時間稼ぎが任務だったのだ。あわよくば罠を張って反撃するつもりもあったのだろうがあくまでオプションだ。
数の上でも2倍の戦力かつ歴戦の将兵を多く含む連合軍にヴァイン公リリザは善く戦ったがあっという間に前線が崩壊した。
「……このままでは……!」
リリザの旗艦であり領地の名称を冠した戦艦「ヴァイン」にも至近弾が飛ぶようになってきた。
「公爵閣下、お逃げください」
執事のスワンソンが薦める。
「しかし……!」
「いえ、お逃げください。生きてさえいれば復讐など後日にも」
「……くっ……!」
戦艦「ヴァイン」を直接護衛していた駆逐艦が爆発四散する。
その衝撃で戦艦「ヴァイン」も激しく揺動する。
「かくなるうえは!」
スワンソンが腰の銃を抜きモードを切り替えるのが見えた。おそらく殺傷モードからショックモードに変えたのだろう。気絶させてでも逃がそうということか。少なくともリリザはそう直観した。
その瞬間、敵の砲弾がこちらの障壁を貫通し戦艦の正面装甲にめり込んだ。
質量弾だ。
正面装甲がはじけ飛び内部構造が露出する。さらに勢い余った砲弾の破片が環境に飛び込んできた。
阿鼻叫喚。
液状になった砲弾の破片が暴れまわり艦橋は死の坩堝となる。
火災が発生し煙が立ち込めた。
リリザはかろうじて無事だった。この状況でスワンソンの姿も見えなくなった。戦死したのだろう。
彼女は近場で倒れた兵士に駆け寄ったが彼はすでに事切れていた。
火災はますます激しくなり自動消火装置も働いていないようだった。
リリザは足を引きずり艦橋を出た。
そこで倒れ、意識が深い闇に引きずり込まれていった。
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