第22話 Re:Re:【複式簿記】一方その頃

「私が第9艦隊司令官のスズハルです」

 涼井は慇懃に一例した。


 ヴァイン公リリザはベッドに腰かけ、冷然とした態度を崩さなかったがその銀色の目に少しだけ驚いたような表情を浮かべた。


「……あら、敬礼でなくて御辞儀ですのね」

「……敬意を表したまでです」


 涼井の背後に立つバークとリリヤは直立不動で敬礼の動作をとっている。

「何かお困りのことはございませんか? 私で出来ることならご用意しましょう」

「……ふっ、そうですわね、もう少し自由が欲しいかしら?」

今現在は・・・・出来かねますね」

「限定条件付きですのね……何か交渉事でもあるのかしら?」


 女公爵はからかうような表情になる。

「いえ、あくまで今はお困りごとを解決したいだけです。自由になりたい以外にはございませんか?」

「ふふ……でしたら食事を少し改善してほしいわね。共和国風の食事は油が多いわ」

「善処します」

 

 会話をしている間に病室の外からドスドスと足跡が響いてきた。

「ヴァイン公!」


 病室のドアから現れたのは燃えるような赤毛をした屈強そうな青年だった。

 私服のようなシャツを身に着けている。短躯だが筋肉が盛り上がっているのが服の上からでも分かる。

「……カルヴァドス伯爵」

「ご無事で!」

「……死ねたはずが、かろうじて命を拾った形になったわ」


 現れたのはカルヴァドス伯爵だった。

 以前、辺境宙域を侵略していたが涼井に撃破され、以降は協定を結び、そのままハデス宙域に残留していた。

 カルヴァドスもリシャール侯の派閥とは違いどちらかというと貴族主流派に近くヴァイン公も比較的近い派閥だったと言える。それもあって涼井は彼をこの場に呼んだのだ。


「帝都に迫ったものの裏切られ部下のほとんどを失ったわ」

 リリザは自嘲気味にこぼした。

 涼井は無表情に彼女を眺めながら眼鏡の位置をくいっと直す。


「貴女の部下のスワンソン氏は幸い我々が保護しています。私の部下が確認したところヴァイン公艦隊は残存部隊が帝国辺境のほうに逃走したようです」

「ほう……。きわめて重要な情報ですわね。何の交渉もなくそこまで教えてしまって良いのかしら?」

「貴女は捕虜ではありません。……今日はお疲れでしょうからここまでといたしましょう」

「気遣いもできるわけね」


「俺は……残るよ。話しておきたいことがある」

 カルヴァドスが涼井をちらりと見る。内密な話があるということだろうか。

「歓迎するわ」

 ようやくリリザは微笑みを浮かべた。

 しかし冷然とした威厳は崩してはいない。19歳とは思えない態度だった。


 涼井は微笑を浮かべ踵をかえし、歩き出した。

 病室のドアのところで振り返る。

「食事については善処いたします。カルヴァドス伯爵の部下に料理人がいますのでね。食事を作ることができるよう手配しておきます」


「ふ……礼をしたほうがいいのかしら」

「お気になさらず」


 涼井は病室のドアを閉めた。

 リリザとカルヴァドスの話声が聞こえてきたがあえて聞かずにそのまま病院を立ち去る。


「よろしかったのですか?」とバーク。

「何がだ?」

「こう……帝国の情報を聞き出すとか」


「それに軍病院で特別食とか出せますかねー? そんな予算ないですよね?」こちらはリリヤ。


 涼井は不敵な笑みを浮かべる。

「それぞれ問題ない。まずはこちらの腹が大して痛まなくとも相手が喜ぶものを提供する。恩義に感じれば向こうからやってくるさ」

 ジャパニーズサラリーマンとしての技術だ。

「それに」涼井は言を続けた。


「もちろん軍病院にそんな予算も制度もない。だからあらかじめ病院長にはちょっとした裏金をはずんでいる。便宜を図ってくれるはずだ」

「はえー」リリヤがぽかんとした表情を浮かべる。


「それにしても……」バークは心配そうだ。

「心配はいらない。大統領も承知のことだ。第9艦隊の会計においては一定の機密費が認められるよう調整済だ。宇宙艦隊司令長官のサインももらってあるぞ」

「いやはや……以前から考えると何だか政治力があがりましたなぁ、そういうの潔癖だったのに」


 涼井は口の端だけで微笑を浮かべる。

「戦闘に強いだけでは意味がない。功績だけあげて人間関係を疎かにしてはやがて疎んじられる。狡兎死して走狗烹らるこうとししてそうくにらる。だから物事を進めるためには周囲の了解が必要なのだ」

「そういう提督正直カッコイイです」とリリヤ。


 涼井はその発言を無視した。

 病院の裏手の宇宙港にシャトルが用意されているのだ。

 これから涼井はロアルド提督と会う必要があった。

 

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