第17話 出雲の血

 「ご老人、来てくれたか。この倭建は今一度そなたに問いたい。知恵を授けてほしいのだ」

 建の眼は真剣だった。

 「もし―もし、実の母の仇が実の父だったとしたら、そなたはいかにするか」

 しかし、老人の眼は相変わらず、炎の揺らぎだけを映し出し、何もこたえはしなかった。

 やがて老人が去り、新しい影が現れた。その影を見て、建は目を見張った。

 「そこにいるのは出雲建か」

 建は声をかけ、相手がこたえるのを待った。だが影は薄ぼんやりとして、何もこたえてはくれなかった。

 「もし本当に出雲建なら、きいてくれ。この倭建は、あのとき―出雲にとどまるよう忠言してくれたそなたの言葉を聞いたとき、いかにうれしく思ったことか。そなたはもはや信じぬかもしれぬが、この倭建にとって、そなたは生涯唯一の友であったのだ」

 人影は黙してそこにあるのみだ。かまわず建はつづけた。

 「聡明な出雲建、そなたは知っていたのではないか。この私の身体に、出雲の血が色濃く流れていることを。私の母は出雲の血を引く者であったということを」

 病臥の身でありながら、建は己が激してくるのを抑えることができなかった。

 「私は父のため、倭のために、実の兄を手にかけ、熊襲の陽気な長どもを殺し、出雲ではそなたを卑怯なやり方で葬った。すべて父と父のクニの御為に、その一心にて」

 熱に浮かされたもののように、建は半身をのりだし、眼を見開かんばかりであった。

 「だが、それでも、父は私を信じようとはしなかったのだ。父は恐れたのだ。私の血を、いや、私のなかに流れている、母の、出雲の血を―。

 己に刃向かった母を、父は許しはしなかった。手討ちにしたのみならず、そのご遺体さえ、それを葬るかにみせて、川に流したのだ。それが、倭の王のやり方だ」

 せきこみ話そうとしながら、建はしばし喘ぎ、やがてうつむいた。

 「私は、……信じていたのだ。すべては、倭の父の御為と。全身全霊をもって」

 建の床から戻った供の者は、仲間を見ると、悲しげに首を横に振った。

        

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