第13話 敵

 かがり火は静かに燃えていた。時折、パチパチとはぜる音がして、小さな火の粉がとんだ。

 その火をみつめる建の眼に、しばし迷いが浮かんだ。炎はゆらゆらと揺れる。

 「ご老人」

 建は思い切ったように老人の顔を見た。老人の黒い瞳にも炎が揺れている。

 建はつづけた。

 「仮の話である。一人の男が一人の女に懸想した。女は当初、男を拒み、逃げた。男は追った。男に追い詰められると、女は観念したのか、自ら妻となることを申し出た」

 ゆらゆらと揺れるかがり火。闇は広がり、狭まりし、二人を覆っている。

 「二人は夫婦となって、二人の男子を設けた。名実ともに非の打ちどころのない夫婦となったのだと夫が思っていた頃、事が起こった」

 建はその先を言い淀むかに、再びかがり火に目をやった。その心のうちに、様々な想念が駆け巡っているようであった。

 「いつものように愛し合い、夫が寝に入った頃、妻はそっと床を抜け出し、自らの物入れから、短刀をとり出した。それから後のことは、もう見当がつくであろう。

 夫を亡き者にしようと女は刀を振り上げた。が、偉大なる王である男が、それに気づかぬはずはなかったのだ。

 返り討ちの血の海。凄惨たる光景」

 老人は静かな表情で建をみつめていたが、その眼にほんの少し、憐みの色が浮かんでいるように見えた。

 「呪われた二人の王子こそ悲惨なれ。兄の王子は、父王の妾をのちに我が物とし、その科で弟の王子により惨殺された。この弟の王子は、どこまでも、父王、そして父のクニに忠実であらんとしたのだ。だが、そのことがより一層、父王の警戒心を募らせた。なぜなら、この弟の王子は色濃く母の血を引いていたからだ」

 かがり火が弱くなりはじめた。老人は、傍らの薪を二、三とり、火にくべた。

 「ご老人、ただこれだけの話だ。そなたは木石となってくれるな?」

 老人は再び微笑した。

 「はい、なりましょう、王子」

 あくる日、建は老人を「東国造」に任命し、その土地を後にした。


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