第7話 海へ

 海に向かう急な山中の道を、一行は進んだ。夜も更けてきたので、崖の斜面のくぼみになっているところを適地とし、そこで野宿をすることにした。

 月明りが薄ぼんやりと辺りを照らし出し、満天の星がちかちかと光り輝いていた。

 弟橘比売は建にもたれかかっていた。

 建は比売の豊かな黒髪一本一本までも愛おしそうに、その髪を指でくしけずっていた。

 「そちはよくよく恐れを知らぬ女と見える」

 弟橘比売は何もこたえず、建に身をあずけたままだ。

 「あの劫火に自ら立ち向かおうとした。火を防ぐ何ものも持ち合わせぬというのに」

 声にならない声で、比売が薄く笑ったように思われた。

 「私が止めなければ、この美しい髪に火は燃え移り、その身ごと焼き滅ぼしかねなかったのだぞ」

 「建さまは真っ先に私をかばってくださいました。それはなにゆえでございましょう」

 今は微かな声を出して笑いながら、比売はこたえた。

 「わが妻なれば……」

 「私も同じでございます。わが背子なれば……」

 今度は建も笑った。

 比売は身をよじり、建の方に向き直った。その瞳は意外にも笑ってはいなかった。

 「私はあなたの分身でございます。私はあなたをお慰めしようとは思うておりませぬ」

 「何と、相変わらず男勝りな……」

 「あなたはスサノヲの血を引いてございます。私には分かるのです。私も同じであるゆえ」

 何となく、建は背筋が寒くなった。ふと、出雲建の面影がまた浮かんだのだ。

 「あなたさまのお手はもう私が浄めましてございます」

 建の意を察したかのように、弟橘比売は応え、その手を握りしめた。

 「建さま、私はあなたさまの伯母上、斎の宮さまより、言伝を預かっているのです」

 そして弟橘比売は、建の首を抱くようにして、耳元にささやくように、その伝言を伝えた。それは思いのほか長い時間がかかった。月明りに微かにそよぐ草ぐさのさまが浮かんでいた。

 話を聞き終えると、建は黙したまま、弟橘比売を強く抱きしめた。


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