第5話 弟橘比売を娶る

 長い長い帰路の旅を経て、倭建は倭のクニへとたどり着いた。

 建の帰還に、父王は眉一つ動かさず、ねぎらいの言葉を賜った。しかし、父王には、倭建の面が、以前にもまして、酷薄さを深く刻み込んだように見えた。

 倭建は、帰国早々、弟橘比売をめとった。

 弟橘比売は、白いかぐわしいこの花を新床に伸べた。

 「あなたさまは、心ならずもその手を汚されました。この花々が、あなたの魂を洗い清めることでしょう」

 それから数日間、倭建は弟橘比売とともに安らいだ日々を送った。

 だが、それも束の間、建は父王の呼び出しを受け、今度は東征の命を仰せつかった。

 その足で、建は叔母の倭比売を訪なった。

 「父上はなぜ、これほどに私を憎むのでしょう。いったい、私が何をしたというのでしょうか」

 叔母はそのことには直接応えず、独り言のようにつぶやいた。

 「そなたは母君によう似ておられる」

 建が真意を質そうとするのを拒むかのように、叔母はいったん座を離れた。

 やがて叔母は、美しい高貴な布に包まれた品を手に戻ってきた。一見してそれが太刀であることが見てとれた。

 「これは草薙の太刀、お渡ししましょう。そなたが持つにふさわしいもの」

 倭建は太刀を受けとり、数名の供を連れ、東征へと旅立とうとしていた。

 倭のクニの外れに弟橘比売が待ち受けていた。道の中央に佇む姿は、いまだ生々しい出雲建の姿を思い起こさせ、倭建は一瞬背筋がぞくりとした。

 しかし弟橘比売は、涼しい顔で、しかし決然としたさまで、述べた。

 「私もともにお連れ下さいまし」

 こうして、弟橘比売をもともなって、一行は倭をあとにした。


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