第4話 出雲へ

 熊襲を征伐したのち、倭建は出雲へと向かった。出雲は倭よりも古く、豊かに栄えたクニであった。天を衝くようにそびえたつ御柱は、遠く離れた場所からも眺めることができた。

 いよいよ出雲のクニに差しかかるという頃、一人の青年が倭建を待ち受けていたかのように、道の中央に佇んでいた。

 倭建が近づくと、青年は深々と礼をした。

 「あなたは倭よりまいられし、小碓王子、いや、今は熊襲より授けられし御名、建どのでございますな」

年の頃は倭建より二つ三つ上、背の高い、落ち着いた佇まいの青年であった。

 青年の出迎えに、建は驚きつつも、その静かな眼差しに一目で強く惹きつけられた。

 二人はすぐ友人となった。二人で狩りをし、仕留めた鳥獣の肉を焚火で焼いてともに食らった。

 二人きりの宴が一段落するころ、ようやくにして倭建は青年の名を尋ねた。青年は居ずまいを正し、申し述べた。

 「倭建どの、私は奇しくも同じ名を持つものでございます。出雲建と申す者―」

 反射的に太刀の柄をつかんだ倭建を、青年は動じることもなく眺めやった。

 「太刀を抜く前に私の話をお聞きください。どうか驚き召されるな。あなたがここ出雲へ来られることは、私どもはとうに知っていたことなのです」

 「それは、何ゆえに?」

 「報せがあったのでございます」

 青年は一つ、倭建の面を確かめるように見た。

 「倭の王、あなたさまの父上より」

 倭建は全身の血がひいていくのをはっきりと感じた。

 青年―出雲建は続けた。

 「あなたさまを迎え撃ちにせんと勇むクニの者どもを、私はいさめましてございます。わが出雲は誇り高きクニ、魂までも倭の奴隷となってはならぬ、と。

  倭建どの、どうかこの出雲にとどまりなさいませ。倭へは帰られるな。それはあなたさまの死を意味するのでございます」

 倭建の面差しは、透きとおるほどに青ざめていた。出雲建は言葉を継いだ。

 「すぐにお返事をいただこうとは思うておりませぬ。あなたさまにとってそれは、人生を左右することなのですから」

 それから数日の間、二人はともに山々を駆け巡った。ともに狩りをし、ともに魚を捕り、倭建にとってそれは紛れもなく、初めての友人との遊びであった。

 そして七日目。大きな猪を追った二人は、ひどく汗をかいた。そこで、近くの清流で行水することにした。

 そののち、いかなることが起こったか。

 事物の伝えるとおりである。

 行水ののち、倭建は出雲建に手合わせを提案し、あらかじめ倭建によってすり替えられていた出雲建の剣は、鞘から抜けることもなく、勝負さえないままに、出雲建は倭建の剣の餌食となったのである。


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