夏の溶け残った秋。
エクラは自動販売機でコーラを買って、その場で缶を開けると一口飲んだ。そして息をつく。遠くから見知らぬおばあちゃんが走ってくるのが見えた。
おばあちゃんはどんどん近づいてきた。そしていよいよエクラの目の前に来ると、
「バーカ」
——と言った。
エクラは無視した。するとおばあちゃんは続けた。
「バーカバーカ、バーーーカ。バカバカバカ、バーーカ」
エクラはしかとを続け、もう一口コーラを飲む。
「バカバカ、ッバカッバッカバカバーーカ、バーカ……バカ、……バカ」
おばあちゃんは延々続けた。しまいにはエクラを指さして、
「バカバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカ」
エクラの周りをくるくる回って、
「バーカ、バーカ、バーカ、バーカ、バーカ、バーカ、バーカ、バーカ」
そしてエクラの前に来てふと静かになる。ふたりは目が合った。
「なんなんだよ」
エクラは思わず聞いた。するとおばあちゃんは口を尖らせ、攻撃的に
「バカバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカ——」
とても早口で言った。
「ああーうるせえ」
おばあちゃんは再びエクラの周りを、右から左から、バカを振りかけた。
「何なんだよこのおばあちゃん」
おばあちゃんは止まらない。まるで不条理文学である。エクラは無視してコーラを飲むことに努めた。
——バーカバカ。バーカバカ、バーカバカバカ、バーカバカ
七、八白回くらいのバカを浴びせられたころ、色が買い物を終えてスーパーマーケットから出てくるのが見えた。
色は理解できなかった。立ちすくむエクラの周りをぐるぐる回りながらバカを連発するおばあちゃんがいる。
——バッカッバッカッバカバーーーカ、バーーーーーカ。バカ
「彼はいったい何をしたんだろう」
そう思わないではいられなかった。色は恐る恐る近づき、おばあちゃんとは少し離れたところからエクラに訊ねた。
「なにがあったんですか」
「なにもねえよ」
——バカ~~~、バカバカバカ~~~、バカバカ~~~
エクラはそう言ってコーラを飲んだ。飲み干したそうで、彼はその缶を近くのごみ箱に投げいれた。そして彼はなんとなしに色に言った。
「なんか買ったもんこっちによこしてくれ」
——バカ。バカバカ。バカ。バカバカ。バカ。バカバカ。バカ。
色は紙袋の中を見て、最初に目に入ったキュウリを、タイミングを見計らいエクラに近づいて渡した。
「これ、どうするんですか」
——バカ、ッバッバッカ、ッバッカ、ッバッバッカ、バカ
エクラはキュウリを手にして黙っていた。
——バカバカ、バーカ、バカ、バーーーーーーカ、バーーーーーーカ
エクラはおばあちゃんが正面にきた時、そのキュウリを渡した。果しておばあちゃんはそのキュウリを受け取った。そしてそれを口にくわえた。
——…………。
「静かになった」
色は見たまんまのこと言う。
「今のうちに帰ろう」
「そうですね」
ふたりはその場から離れた。
後ろではおばあちゃんが、シャリシャリ必死にキュウリを食べているのだった。
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