カパック村 朝早く ③

 ある朝、マルクムが散歩をしますと、家の前に少女の倒れているのを発見しました。彼は少女を看病し、彼女が無事だと分かると眠りにつくのでした。


 マルクムが目を覚ました時、時刻は丁度昼の十二時でした。

 その時間になるともう、レストは畑仕事に、ミルは家事をして、ヤングとララは学校にいっています。目をこすりながらリビングに足を運んだマルクムは、そこで机にすわって昼食を食べるあの少女を見ました。

「おはよう」

 マルクムが挨拶をすると、廊下の方から、

「マルクムの御飯は、キッチンに置いてあるから」

 とミルの声がしました。彼はそれを聞くと、自分の昼食を、キッチンまで取りに行きました。ミルが腕を振るった昼食と言うのは、卵の上に牛肉の乗ったオムライスでした。それもとても美味しそうな。


 少女の前に座るとマルクムは、彼女に色々と訊ねました。

「ねえ、名前はなんて言うの」

 すると少女はオムライスを見つめたまま、

「レイ」

 と答えました。

「レイ?」

「うん」

「年齢は?」

「たぶん、十二、か三、くらい」

「……そうなんだ」オムライスを口に運んで、相槌を打ちます。「どこから来たの?」

「分からない」

「レイ、君、家の前で倒れてたんだよ。なんでだったの」

「おなか空いてたし、眠たかったから」

「やっぱり寝てただけなんだ」

 ふたりはオムライスを食べ進めました。レイはその時食べ終わりました。マルクムのはまだ残っていましたが、彼はまた話し始めました。

「僕はマルクムって言うんだ」

「知ってる。さっき聞いたし」

「そうか」

「あなたは学校に行かなくていいの? あとの二人は行ったよ」

「学校はやめたんだよ。だけれどね、実はとてもいい学校に行っていたんだ。その時はつらかったし、戻りたいとも思わないけど、この村からその学校に行けたのは歴史上僕一人だ」

「一人いけたら、二人目はすぐに出てくると思う」

「そうかな? まあ、ともかく辞めたというのは、間違っていたとは思わない、僕の選択だから。あの学校で教えられたことが真実だとは思わないし、真実だからなんだってんだ、って思うしね。いや、今のは不適当だ、合っていないような気がする。まあ、でも……そんな感じだな」

「どんなかんじ?」

「そんな感じ。そうだ、僕がこれを食べ終わったら、すぐに散歩に行こう。見せたいものがあるんだ」

 そう言ってマルクムは、オムライスを口に掻きこむ、そして、ホガホガと何か聞き取れないことを言って、レイのぶんと一緒に食器を片付けると、レイをつれて外へ出ました。レイはそんな様子を何も言わず見ていました。


 マルクムはレモン畑を歩きました。もちろん向かう先は、UFO。

「ある夜ね、眠れないからってさ、窓の外を見てたんだって。そしたら流れ星が見えて、外に出てそれを見ようと思って外に出たら、その星は消えるどころかどんどん大きくなって、それで見てるとなんとそれは星ではない何かで、こちらに墜落しているところだった。その何かは、爆音とともにこの畑に落ちて、それっきり。うんともすんとも。すごい話だろ。それがあるんだこの先に。なんだと思う?」

 レイは静かに頷いて、その話を聞きました。

 マルクムの案内で、ふたりはその話のUFOの前に到着しました。レイはそれを見あげて、ホーーと声をもらしました。

 マルクムの力を借りて、UFOの上に乗り上がったレイの後に続いて、マルクム自身も上に乗りました。上からの景色はとても高くって、レモン畑の上に立ったように畑と、遠くの村が一望できました。

 そして、その見通しによって、マルクムはある事件を前もって発見したのです。それは、畑にバリボーたちが向かっているということでした。彼らは手にのこぎりや斧を持っていました。

「何をするんだろう」

 マルクムは言いました。レイはそのことには興味なさげにその場に腰を下ろして、楽しそうに体を揺らしていました。

 バリボーたちが何をするのか見ていると、何と彼らは手に持った色々で、次々にレモンの木を傷つけていきました。驚いたマルクムは跳びはねました。そしてUFOの上から飛び降りて、彼らの方へ駆けていったのでした。


 マルクムがどうにかバリボーたちを追い払い、目の下に一つあざをつけて帰って来ると、レイはUFOの上に小さくなって、そこで眠っていました。マルクムは黙ってUFOの上にあがります。そして、薄くなってきた村を眺めました。そしておもむろにポケットからメモ帳とペンをとりだすと、そんな村の景色を描き写しました。

 一枚目に全体図を描いて、次からのページに細かいところをメモしていると、レイが目を覚まして起き上がりました。

 上半身だけ起こして、霞のような瞳で世界を見ました。それに気がつくとマルクムは、おはよう、と声を掛けました。

「おなか空いた」

 レイはそう言ってまた寝ころびました。今度は仰向けになって、素早く流れる雲をただ見ていました。


 マルクムはメモし終えると、レイに、帰ろう、と誘い、ふたりは夕食を食べに家に帰りました。レイは、夕食を食べるまえに、さらに一層疲れることになりました。家に帰るとヤングもララも帰っていて、ふたりはレイを見つけると、駆け寄ってマルクムからレイを引き剥がし、勝手にレイをここに住まわすことに決め、次々家と、家のルールを紹介したのです。


 ようやく夕食の時間になって、みんな集まりました。メニューは、レモンと鮭のパスタ。トマトスープ、でした。

「どう? 美味しい?」

 ミルがレイに聞きました。レイは、口一ぱいにほおばったパスタを飲み込んで、おいしい、と答えました。

「レイちゃんってホント、可愛い声だよね。綺麗な声」

 ララが言いました。村で一番だ、とも言いました。

 ヤングは、こんなかわいい妹が欲しかった、とレイの頭を撫でて言い、そんな言葉にララからレモンを投げられるのでした。


 夕食が終わり、みんなそれぞれ話すなり、風呂に入るなり本を読むなりしました。絵を描いていたマルクムは、一番最後に風呂に入りました。

 そして部屋に戻った時、そこにはレイがいました。レイがマルクムの部屋を訪れていたのです。彼女は絵を見ていましたが、そんな彼女にマルクムが、どれがお気に入り? と聞きました。

 するとレイは、どれも上手、と答え、

「これ」

 と、一枚一枚見て回ってから、その中からひとつを指さしました。それは、マルクムが自信を失い、崖の下の暗闇にいるときにどうにか描いた一枚目の絵、キャンバスいっぱいに描かれた黄色いレモンの絵でした。レイはそれを指さしたまま、

「レモンみたい」

 と言いました。

「レモンだよ」

 マルクムは笑って言って、続けて、

「じゃあ、この絵はレイにプレゼントする」

 と言いました。するとレイもうなずいて、ちょうだい、と言いました。

 マルクムは、あることを思いついてレイに訊ねました。それは、マルクムがレイにこの村を紹介するというものです。彼は、最初に石の広場を見せることを約束しました。それでも待ち切れず、マルクムがレイにこの村の好きなところなんかを紹介していると、気がつくと時間も遅くなっていて、明日早起きしたいマルクムはレイをララの部屋に連れて行き、別れの挨拶と明日の約束をもう一度して、自分も部屋で寝るのでした。


……


 マルクムは、レモン畑を走り回っていました。朝、目を覚ましてリビングでレイを待っていたのですが、待てども待てどもレイは来ず、ララに聞いても、昨日の夜一緒に寝たところまでは覚えてるけど……と言ってそれ以降レイの行方は知れず、という事態になったからです。

 家じゅう探してもいなかったので、マルクムはレモン畑かもと思って来たのですが、やはり見あたりません。広大な畑を思うままに走っていたのですが、マルクムは突然立ちどまると、急に方向転換をしました。UFOの方へむかったのです。

 けれどUFOの付近にもレイは見当たらず、そのうえに乗って立ち上がり、周りを見渡しましたが、マルクムの目にそれらしい影も映りませんでした。ただ風が揺らす葉の音に惑わされ、音が鳴るたびにそちらに気をやり、落胆し、そんなことの繰り返しにマルクムは諦め、家に帰りました。


 家でも家族みんな、レイの消えたことを不思議がっていました。けれども結局「急に現れたので、急に消えてもおかしくない」と納得し、レイの現れるまえと同じ日常に戻るのでした。レイは彼らにとって、流れ星やオーロラや虹のようなものでした。


 マルクムは落胆して朝食も数口食べただけで、部屋に帰りました。きちんと扉をしめて、ベッドに飛び込むと、枕に顔をうずめました。そして数秒たって、ため息と一緒に、寝返りをうつと部屋に並べられたいくつかの自分の作品が目にはいりました。それを見て、マルクムは飛び起きました。

 一番前に置かれたレモンの絵。レイの好きと言っていたレモンの絵。その絵のレモンの先っちょが、齧られたように欠けていたのです。

 マルクムは近寄って、目を凝らして見つめました。どう見たって上から白で塗りつぶされたわけでもありません。マルクムは不思議に思って、座りこんでしまいました。

 マルクムは心の中で、レイの印象が薄れていくのを感じていました。それはレモンの欠けた部分のようで、その空白には虚無と不条理が潜んでいるのです。

 マルクムは急いで、レモンの絵を描きたしました。レモンの先っちょを塗り、完璧な形にしたのです。そこには、マルクムの、レイとの淡い、か細い思い出が、丁寧に塗られるのでした。

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