山姥ダンス

「いやぁ、今日はありがとうね。白明君がいなけりゃ回らなかったよ。久しぶりにこんなに、しっかり客が入った。いやぁー、儲けた儲けた。こりゃ、給料も弾むかな?」

 商品棚はガラガラになって、夕方、店の中もすっかり薄暗くなっていた。

 雇人のメル・ゴンおじさんは陽気だった。確かに今日は、異常なほど客が来た。

「天気がいいからでしょうか」

 白明は気になって聞いた。

「いいや、明日から鬼が来るからだろう。……そうか、旅人さんは知らないからな」

 鬼とは何か、それは夕飯の時間に教えてくれた。


 その日の晩御飯は、レルの好きな和風ハンバーグだった。メルおじさんと、その奥さんのヒャンデデさん、それに白明とレイとシャンメイが席について、いよいよ食事が始まった。白明はバイト代わりに一週間限定でここに勤めることにさせてもらっているのだが、ついに今日がその最終日だった。毎日ヒャンデデさんの料理を食べていたが、見事に毎日驚くほどおいしく、みんな満足していた。そんな美味しい食事も今日で最後になるのだ。

 食事を終えた頃。

「ねえ、ハクメー。この後さ、街に出て旅の食料買っとかないとね、ね、レイもさ」

 レルが、ワクワクした口調で言った。ララは最近、よくないことに夜出歩くことを楽しみたがる。しかしレイは、

「あんた、まだ子どもなんだから、夜は寝ないと、買い出しは白明一人に行かせるよ」

 と冷めた口調で言った。レルが懇願するような視線を白明に送るのに対し、白明がボーッとした目つきで見るともなく見返していると、

「外出はやめときなさい」

 ヒャンデデさんが静かに、だけれど力強く言った。

「どうして?」

 レルが首をかしげる。

「それが、さっき白明君には少し言ったが、……鬼の話をしなくてはならないね」

ヒャンデデさんがフォークを置いて沈鬱に言う。

「おにぃ?」

レルはいつでも純真で軽い。

「そうだよ、レル君。今から外に出ると鬼に連れて行かれるんだ」

そんなレルにメルおじさんが脅かすように言い、レルを襲う真似をした。

「そうじゃ……エスケット村魂取り鬼伝説じゃ」

 恐ろし気に声を震わして、シャンメイがようやく口を開く。

「お! 知ってるのかい、おばあちゃん。そうだ、魂取り、これはね……」

 メルおじさんは、そう言って説明を始めた。


 このエスケット村は、三方を山に囲まれた小さな盆地で、機械情報文明の無い、家々のならぶ平和な村である。そんなこの村にある鬼の伝説。それは、毎月、月の終わりの夜になると、鬼がこの村を「ヒョーーーーー……、ヒョーーーーー……」という音を鳴らしながら、闊歩する。そして、人をさらっていくというのだ。さらわれた人は、数日後に帰って来るのだが、その時には魂の抜けきったような伽藍洞な目をして、フラフラとした足取りで帰って来るのである。彼らに、何があった? と聞いても、思い出して震えはじめるやら、話をきくこともできずボーっとしているやらで、まともに答えたものはなかった。


「だから、夜、外を出歩いちゃ絶対にダメ」

 ヒャンデデさんは重大そうに言い放った。


 その夜、白明のスマホに母親からメールが届いた。



【緊急招集】

明日の朝までには帰ってこい。



 暗い部屋に、パジャマ姿でベットに座り、画面に照らされた顔を不機嫌にゆがませた。しかし、しょうがない、と白明は部屋をでて、廊下を進みレイの部屋をノックした。

「なによ」

「これ見て」

 レイも肩を落とす。

「今すぐ行かなきゃいけないのね」

「そう」

「運転はあんたがしてね、あたし寝るから」

「それは分かってるけど……今外を出るの?」

「そうしかないでしょ。大丈夫よ、車に乗るまで見つからなけりゃいいだけの話だし。給料は、台所の食器棚の奥に隠してあったから、それだけもらって行けばいい」

 白明は眠気まなこのレルを背負って、シャンメイの車いすを押して、薄い給料袋を手に外へ出た。四人が乗るキャラバンは、出てすぐの道を右にずっと行って、左に曲がったところにある公園に止めてあった。

 レイが支度を終え出てきて、四人はいよいよ夜の町を歩きはじめた。


 ヒョーーーーー……

 ヒョーーーーー……

 遠くから聞こえる。街灯もないこの村では、月の光だけが頼りだ。半月だが光の強い月のおかげで、今夜は割と明るかった。足音と、車いすの砂を踏む、ガシャガシャした音が鳴る。

 ヒョーーーーー……

 ヒョーーーーー……

 まだ音は遠かった。

 四人は曲がり角にきて、公園を見つけた。

「結局何にもなかったな」

 レイが腕を組んで歩きながら、言葉を溢した。レルもシャンメイも眠っていた。

「車の鍵ちょうだい」

 レイが言ったので、白明はポケットから鍵を出して、レイに渡した。レイは車まで早歩きに行って、鍵をさしこみ開けた。そのとき、

「ヒャア!」

 という悲鳴とともに、腰を抜かした。

「よお、お前さんら。一緒について来てもらおう」

 白明が駆け寄ると、車の中に老婆がいたのだった。白明は老婆に訊ねるのだった。

「……誰ですか?」

「あたしゃあ、巷で鬼と呼ばれてるもんだよ。さあ、一緒について来てもらおう」

 言葉の抑揚や、強弱のつけ方が非常に変な人であった。白明は言われるがままに、みんなと一緒に鬼と呼ばれていた老婆も車に乗せて、彼女の道案内のもと車を走らせ、ついには山を登って行った。

「五日したら帰してやるからのお」

鬼はそう言った。


 向かった先は掘っ立て小屋だった。周りに樹々しかないような場所に、そこだけぽっかりと空間が開いて、月光が降りそそいでいる。

「入れえ」

 老婆に言われるまま四人は小屋に入った。最後に彼女も入ってきて、彼女はひとり奥の部屋に向かった。そこで何かを運びたいのか、ガチャガチャ音を鳴らして、数分たってやっと重たそうにCDプレイヤーを肩に乗せてやってきた。

「何なの? それ」

 レイが聞く。レルとシャンメイは、ついてすぐに眠ってしまった。

「あんたら二人は眠らせないからのぉ。……これはぁ、フィットネスじゃあ。踊って痩せるのじゃぁ。ほれ! よーい、スタートじゃ!」

 大声をはってスイッチを押すと、音楽が流れだした。そのうえに指示が重なる。

『腕を大きく振って……』

「ほれ! イチニ、イチニ」

 老婆は厳しく二人に踊りについてくるよう言いつけて、自分も髪を振り乱して必死に踊った。

「……これ、五日続くのかしら?」

「……だろうね」

 ふたりはすぐに息を切らし始めたが、やめることはできなかった。

「もーー……なんで一人でやらないのよ!」

 レイはさけんだ。でもその答えは簡単、ひとりでやるのが寂しいからであった。

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