マッシュルームのち嵐

「まあ、てめえは何も考えてないような人間だからな」

 助手席に窮屈そうに座るがたいのいいおやじフロードルが、後部座席から身を乗り出すずんぐりむっくりの甚八にそう言った。甚八は必死に弁論するのが、いつもの事だった。

「僕だって考えてますよ、いろんなこと。例えば……人間はなぜ死ぬのか、とか」

「そりゃあ、考えてもねえと一緒だ」

「でも実際人間はなぜ死ぬのでしょうかね、師匠」

 師匠、と呼ばれたこの車の運転手、ナツメはそれに対していとも簡単に答えた。

「馬鹿だなあ甚八、俺は情けないよ」

「なんでなんですか!」

「そんなもん、今までみんな死んできたからに決まってんだろ。みんなが死んでるのに一人だけ死ななかったらおかしいじゃねえか」

「なるほど」

 甚八は柏手を打って納得した。

 マントをきた男、作業着のおやじ、浴衣の男の子、この珍妙な三人の乗る黄色い小さな車は、山道を懸命に走っていた。

「次の村で、美味いもんでも食いたいな」

 フロードルが言う。

「どんなところでしょうかね」

「なんか金目の物でも落ちてたらいいけどな」

 ナツメがハンドルをきりながら言った。

「拾わないでくださいよ」

 そんな会話をしている最中、車の前に岩がころがってきた。とっさの判断でナツメがブレーキを踏み、おかげで直撃は免れた。

「あっぶねえ!」

 ナツメが窓をあけて岩の転がり落ちてゆく先を見送った。

「落石注意ですよ。昨日出発する前言っておいたじゃないですか」

「いつ言ってんだ、意味ないだろそりゃ」

 ナツメがそう言って、車を再発進させようとすると、山の上から数人荒れた服装の人が降りてきた。

「なんでしょうね」

「あいつらが犯人じゃねえか?」

 フロードルが勘ぐる。折りてきた者どもは、車に近寄ってきた。フロードルが助手席側の窓をあけると彼らは言った。

「すまねぇ、すまねぇ。直撃させるつもりだったんだが……」

「馬鹿野郎ォ! 何だてめぇら?」

「俺らは、この山を仕切る山賊、流紋組の組員だ。なめてかかると知らねえぜ」

「おい、君たちのアジトはどこにあるんだ?」

 ナツメが奥から聞いた。

「そりゃあ、山のてっぺんに決まってらぁ。うちら、てっぺんなもんで」

 ナツメはそれだけ聞くと車を発進させた。山の頂上に続く道を見つけると、そこを登って行った。


 頂上の切り開かれた地に、平屋建てが立ってあった。

「僕も行きますっ!」

 車をおりたナツメを追って、甚八も急いで車をおりてついていった。

 ナツメが戸を開ける。玄関から土足のまま入り、奥へ進むと、山賊たちが集っていた。

「何者だ」

 そのうちの一人が声をあげた。

「マッティア・コスタ・ナツメ。侍だ」

「そ、その弟子、甚八!」

山賊たちがぞろぞろ立ちあがる。

「何をしに来た」

「なぜおれたちの車を襲った」

 ナツメの質問に、一番奥の豪華な椅子に座った老翁が答えた。彼が組長であった。

「あんたがツワモノだという事は一目見てわかる。だからこそ邪魔だったのだ。……あんたら、今から蛇万村に行くつもりだったろう。わしらは明後日よりあの村を襲う予定であったのだ。なので入ってもらいたくなかった」

「なぜ村を襲う?」

「蛇万村はその地から大量の宝石が取れる。だから存在するだけで金儲けのできる村んおだよ。それぞれの家に数えきれない金や宝石が蓄えてある。襲うほかないだろう」

「ふむ、好きにしたまえ。ただ俺たちはあの村に行く。そしてもし俺たちに危害が加わりそうならば、容赦なくお前たちを切る。……では」

 ナツメはそれだけ言うと、出て行った。

「どういう事ですか、ナツメさん」

「聞いたか、宝石やら金やら。もし俺らが恩をうったときの代償だよ」

「なるほど。村を助けて金をもらおうと。冴えてますね」

 甚八は久しぶりに格好いい師匠の姿に上気していた。そしてまた車に乗り込み、三人を乗せた車は村へ降りてゆくのであった。


「おい、石ヶ茸は集まったか?」

 組長が帰ってきた組員に聞く。

「はい! 八株見つけました」

「むむ、これで合計三十七株だな、充分だ」

 組長は渋みを聞かせて言った。そのとき、巨大な女の精霊が通ったかのように、甲高い音をたてて風が吹き、男どものいるこの建物は、それによってガタガタと震えた。


 ナツメたちは村に着いた。村人たちはとてもよく歓迎してくれた。そのなかで働き盛りで一人暮らしの男がひとり、ナツメらを泊まらせる事ができるというので、三人はそれに甘えた。

「すまんな、ありがたいよ」

 フロードルが言った。

「いえいえ。楽にしてください」

 彼は名をサルマンと言い、とても控えめで目の優しい男だった。と言って、この村の住人は大体にしてそうだった。穏やかなのだ。

 何も食べていなかった三人のためにサルマンが出した、夕食前の少したつまみ物をフロードルと甚八が食べている時、ナツメは庭に出て空を見上げていた。

「なんだ? あいつ」

「風が泣いてる、なんて言うんじゃないでしょうね」

「いや、言うぞ、あれは。『何してるんですか?』 って聞いてこい。絶対面白い答えで返すから」

「かまってちゃんですからね、師匠」

「今俺らの会話聞いてるだろ、あいつ。必死に考えてるぜ」

「……行ってきます」

 甚八が立ちあがり、ナツメのもとへむかった。

「……あの、師匠……おやつ食べないんですか?」

 ナツメはずっと空を見上げてした。風が彼の髪を夏草のように揺らす。

「師匠……」

「……おかあさん」

 後ろでフロードルがゲラゲラと笑った。甚八も笑って、

「それで、実際はどうしたんですか」

 と聞いた。

「いやあ、嵐が来るなと思って。しかしな、この村のつくりはあまり災害に対応されてない。危ないかもしれん。……フロードル!」

「おう!」

 と返事をして彼は車の方へ戻った。大事な車を嵐に備えるのだ。

「備えあれば、だからさ」

 と言ってナツメは、ひとり部屋にいるサルマンの所に行き、この村の長がいるところはどこかを聞いた。甚八もついていった。

「ど、どうしてですか?」

 サルマンは聞くと、村長に危害を加えるつもりでいるのかと思ったらしく、ナツメはそれを訂正した。

「この村に嵐が来ると思ってな。知らせておいた方がいいし、備えておいた方がいい。それを伝えたいと思うんだ」

「嵐? なんか来ませんよ……でも、村長の家なら、この先の山に向かって歩いて行けばつくと思います。ああ、でも、今日は祭があって、その用意をしているので、村長は忙しと思いますけど」

「わかった、ありがとう」

 ふたりは部屋をでた。

「祭りですって。楽しみですね」

 甚八が言った。

「祭りができりゃな、でも難しいだろう」

「そんなにひどい嵐なんですか?」

「いや、わからない。でも山賊は来るんだろ」

「ああ、そうでした。嵐は本当に来るんですか。山賊から身を守るための方便……」

「あれが村長っぽくねえか?」

 ナツメが指をさした先には、宝石の散りばめられた大きな白い布を、器用に体に折りたたんだように着た若い男が、ほかの男たちに指示をしていた。

「お前が村長ですか」

「師匠、『お前』って……」

 すると若い男は楽しそうに答えた。

「おお、そうだ。君たちはあれだな、この村に来た旅人だな。どうしたんだ?」

「ああ、この村に今日嵐が来ると思って、でもこの村は全然嵐に備えられていないだろ。大丈夫なのか」

「ああ、大丈夫、大丈夫。嵐なんてこないから。すまんけれど、今忙しいんだ。後にしてくれ」

「……うむ」

 ナツメは諦めて、村長が仕事に走って戻って行ったのを見送ったあと、振り返って帰ろうとすると、

「すまんのお」

 と道ばたでいしに腰掛け杖をついた老人に突然謝罪された。

「なんだ? このじじい。ほんもの?」

「本物? ってどういうことですか。失礼ですよ師匠」

「あれはわしの孫じゃ」

「ああ、そうだったのか。そりゃ謝ってもらおう」

「すみません」

「お爺さんも謝らなくていいですよ」

「お前さんの言う通りじゃ」

「僕ですか」

甚八が自分を指差す。

「ノーじゃ」

「ああ、師匠のね。という事は、嵐は来るってことですか?」

「そうじゃ。実はな……」

 ここから、その老人は長々と喋った。

「つまり」

 とナツメがやっと口を開く。

「爺ちゃんが四歳のころ、巨大な嵐が来た。それから七十年何事もなく過ぎて、それを知る者はいなくなった、ってことだな。それを孫に言ってやれよ」

「あいつはわしの話を聞かん」

「そんな大切な事……教えるのがあなたの仕事じゃないんですか?」

 甚八が言った。

「というより、話を聞いてもらえる存在になるのが仕事だな。慕われてないならしょうがない」

 ナツメはそう言ってサルマンの家に向かって歩きはじめた。道中、彼は様々な家を見て、

「しっかし、壁にまで宝石が埋め込んであるぜ」

「綺麗ですね」

「庭に金が転がってある」

「うらやましいですね」

「あ、こんなところに真珠が」

ナツメはしゃがみ込んだが、甚八はそれを無視して上を向いて歩き続けた。

「師匠、さっきよりも晴れて来ましたよ」

「そんなもんだ」


 家についたとき、祭りのことを聞いたらしいフロードルが、

「村人全員参加らしい、俺も行ってくるわ」

 と言って出て行った。ナツメと甚八は少し休んでから行くことにした。


 ナツメが目を覚ました時には、甚八はもう祭に行っていたのだろう、家の中には誰もいなかった。ナツメは起き上がって、伸びをすると、口をくちゃくちゃいわせた後、フラフラと祭りに赴くのだった。とても風が強くなっていた。

 到着してみると、汁物の注がれたお椀を手に持つ甚八に出会った。

「これ、この村の伝統料理らしいです。ちょー巨大な鍋で作ってあって、全員食べ放題なんですって。このキノコが入ってておいしいんですよ」

「いらん」

「まあ、師匠キノコ嫌いですもんね。じゃあ」

 甚八は去っていった。

 歩いていると、今度はフロードルに出会った。右手にお椀、左手にビールの入ったジョッキを握っていた。

「おお、ナツメ。お前このスープ飲んだか。めちゃめちゃビールに合うんだよ。ははは、最高だこりゃ。貰ってこいよ」

「いらん」

「まあ、お前酒飲めないもんな」

 フロードルは去っていった。

 そのまま歩いていると、近くで女の悲鳴が上がった。見てみると、彼女の指先が石のように硬くなっていた。というより、石になっていた。そして、手の甲から腕へと、だんだん灰色変化する症状がせり上がってくる。その頃には、その他いたるところで悲鳴が上がった。村人全員に同じ症状が現れたのだ。祭り会場は阿鼻叫喚の地になった。

 甚八とフロードルが、石になった腕を抱えてナツメのもとへやってきた。何やら喚いていたが、ナツメは、

「折らないようにしろよ」

 とだけ言うと、祭りの中心の方へ走っていった。

 いよいよ雨が降り始めた。雨脚は数秒経たないうちにどんどん強くなった。

 彩られた祭りの中心には大きな鍋がある。その奥から、汚い身なりの男たちが歩いてきた。彼らはハンマーやらのこぎりを手に持っていた。

「何をした」

 ナツメが聞くと彼らは驚いて、

「んん? ああ、そうか、そうか。スープを飲まずに助かったわけだな」

 と言った。彼らはつづけて説明してくれた。

「あのスープ、基本は松茸を使うんだが、それとそっくりの石ヶ茸に入れ替えておいた。これ食うと石になっちまうんだ。ケッケッケッ……目が覚めた頃には宝石も何もかも無くなってるという、まあなんて優しいやり口だこと。だあれも傷つけない」

 そのとき、強力な風が空から振り下ろされた。そしてなんということか、その風によってその組員は吹き飛ばされたのだった。

「ヨコタさん!」

 傍で作業していた別の組員が叫んだ。しかしその間にも風はどんどん強くなっていった。

 ナツメは必死にかたわらに転がっている石化した人に抱きついて耐えた。時折、強すぎる風に剥がされて飛ばされたかと思うと、飛ばされた先の、ほかの人に抱きついて耐えたのだった。

 組員はつぎつぎと吹き飛ばされていた。風はどんどん強くなる。ナツメはそれを見送って、右手に握ったものを見た。それは、石ヶ茸の切れ端だった。

「この物語の教訓は……嫌いな物から克服しろ……といことか」

 などと言って、目を瞑ってそれを口の中に放り込んだ。それから時間を待つと、だんだんと指先から石化した。そしてついには、意識が途絶えたのだった。


「……師匠、もう離れてくれますか……」

 苦しそうな声で甚八が言った。

 ナツメが目を覚ました時、彼は甚八に抱きついたまま石化し、それが解けたところだった。

「まったく、いつまで石化してるんですか。師匠が一番最後ですからね」

「やかましい」

 ナツメが離れて立ち上がった時、フロードルが村を見て言った。

「おい、いちゃついてないで見てみろよ」

 見ると、家も何もかも風で飛ばされて、更地になったところにナツメたちの車がぽつんと立っているのみ、本当に何もかも全て風に飛ばされていた。

「金銀財宝も……どっか行っちゃったか」

「俺のおかげで、車は無事みたいだ。あんなところで一人ぼっちになってる。……確認してくるわ」

 フロードルは車の方へ一直線に歩いて行った。

「金銀財宝も……どっか行っちゃったか」

「何回言うんですか、しょうがないですよ、命あっての物種ですし」

「そういうものだね」

 ナツメは空を見上げた。

「長らく晴れが続きそうだ。できるだけ遠くまで行こう」

「そうですね」

 二人も車の方へむかった。その最中、甚八が口を開いた。

「そういえば、山賊はどうなったんですか? 結局嵐で諦めたんでしょうか」

「諦めたも何も、盗むもの無くなっちゃったからな」

「……そうですね」

 カツン、とナツメのつま先に何かが当たり、蹴飛ばされたそれは地面を転がった。ふたりが揃って目を落とすと、それは拳くらい大きなルビーだった。

 ナツメは黙ってしゃがむと、それをポケットに入れ立ち上がって、歩きはじめた。甚八も黙ってついていくのだった。

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