シリーズ

戸 琴子

永遠の窓

「ねえ、シャンメー。次いく街ってどんなとこ?」

「んんーーのぉー、硝子産業で有名なところじゃ」

「ガラスかあ」

 レルはさも興味なさげだった。


 舗装された道路を、汚れた水色のキャラバンが走る。老朽化の最中であるそのキャラバンは、バチンッ、と小石を踏んで跳ねとんだ。そして、その拍子に窓ガラスを一枚落とし、車中に風が吹きこむ。

「危ないよ、レル」

 白明が言った。レルがその窓から顔をだして笑っていたのだ。


 窓を直すために一行いっこうは硝子工場を見つけることにしたのだが、一歩踏み入れば右も左も硝子工場だった。どこにしようか迷った白明は、とりあえず見えた一番大きい工場の前に車を止めて、一人で中に入っていった。

 焼けるように熱気で満ちている。入るなり白明の薄い顔の皮膚がひりりと熱せられるようだった。中からは、叫んで指示する男の声が聞こえてきた。

 白明は汗を拭って、指示しているその男のところへむかった。

「あの、すみません」

「んん? なんだ?」

 男はうってかわって接しやすそうな、柔らかい表情で振り向いた。

「車のガラスが外れてしまってて、ここで直してもらう事とか、できないですか」

「おお。わかったわかった。いいよ。でも、あれだ、三日くらいはかかる。そんだけ時間をくれ」

「ああ、はい。いいですよ」

 青年が二人分のタオルを持ってきてくれて、白明にも一枚渡してくれた。青年が去った後、男は健之助と名乗った。

「でえ、あんたら旅人だろ。泊るところは決まったんかい」

「いいえ。この街に泊まれるところってありますか」

 白明は首にタオルをかけて、ポケットに手をつっこみながら立っていた。こういう時彼は目を細めて訊ねるのだった。

「おお、この工場の奥に俺の家がある。あと五、六人なら泊まれるからさ、泊っていきなよ。いやぁ、あれなんだよ。最近子どもが家を離れてしまってさ、嫁とふたり淋しいんだわ」

 彼は笑いながらそう言った。タオルをパタパタさせて風を送っていた。

「そうなんですか。では、お言葉に甘えて。よろしくおねがいします」

「あはははは」

 健之助は陽気に仕事に戻った。白明も大きな手柄とともに、車に戻るのだった。

 車に戻って、さっき決まった話をした。それに喜んだレルは、さらに、工場を見たいとも言った。

「……じゃあ、ちょっと断りいれて、見学させてもらう?」

「うん!」

 健之助に頼むと快く了解してくれ、暑い中ふたりは硝子づくりを見た。白明はしきりにレルの容態を確認しながらだった。健之助に聞くと、車は前のガレージに泊めっぱなしのままでいい、ということだった。工場見学に興味のないレイとシャンメイは、先に工場の横道を奥に行ったところにあるという健之助の家に案内してもらった。


「暑かった」

 健之助はそれを聞いて大いに笑った。工場の感想を聞くと、レルがそう答えたのだった。そして、興奮冷めやらぬままにレルはつづけた。

「でもね、硝子がね、真っ赤になってたんだ、ねえレイ、見たことあった?」

「見たことあるよ。テレビでならね」

「お姉ちゃんも、ぜひ、本物を見てみるといいよ、あはははは」

 健之助はそう言って、快活に笑う。今は晩ごはんの時間で、健之助の奥さんが色々と家庭料理を作ってくれた。それはどれも優しい味で、一口食べるごとにお腹が減るようだった。

「僕も作ってみたい」

 レルが言った。すると白明が言う。

「レルには無理だと思うよ」

「いいや、レル君には素質があると思う」

 健之助が胸をはって言う。無理やりやらせたりしては駄目ですよ、と奥さんが健之助をなだめた。

「無理やりではない。何なら、レル君は、永遠の窓すら作れるんじゃないかと思ってきたぞ」

「永遠の窓?」

 レルが聞いた。レイも白明も聞いてるのか聞いていないのか、黙々と食事をしていた。永遠の窓と聞いて、シャンメイが反応した。それから彼女は、水を得た魚のように、その永遠の窓についての説明を始めるのだった。


「永遠の窓とはのお、完璧な配合、完璧な工程、完璧な仕上げの後にできあがる不思議な窓の事じゃ。それらはこの現実の何かを映し出す。例えば、過去、未来、その他に、別の場所で起こっている何かだったり、夢や妄想だったり、何かの答えだったり本質だったり。出来上がった窓にはそれらのうちどれか一つの効果が現れる。……しかし、その窓は割れたり欠けたりしてしまうと、その効能をなくしてしまうと言われておる。そしてそれらは世界中に……」


「そして俺は、その永遠の窓を一度作ったことがある!」

 健之助は突如立ちあがって言った。それに対して、奥さんがすぐに説明をつけくわえた。

「けれど、手違いでどこかへ送ってしまったんですよ。今もどこかの建物で使われてるかもしれませんし、もう割れて無くなっているかもしれません」

 

「へー。そりゃ、残念だね」

 興味なさげに相槌をうつレイ。すると健之助が思いついたように、

「もしその窓を見つけたら好きなだけ報酬をやろう」

と言い出した。

「報酬! どんな窓なの?」

 俄然食いつくレイに、健之助が説明をした。

「大きさはそこそこ大きい。縦一メートル五十、横一メートル、くらいだったかな。過去が見えるやつだ。未来やら妄想やらが見えることもある、ということは知らなかった。」

「効果はひとつだけ現れるのじゃ」

 シャンメイが口をはさむ。

「そのくらいのもんだ」

 健之助言い終わった。レイは、白明のほうを見て、

「だってさ。頑張って探しな」

「……なんで僕なんだよ。自分で探しなよ」

「明日は寝るんだもの。しょうがないでしょ。朝からとりかかって、夜まで、頼んだよ、私たちお金ないんだから」

 そう頼むのだった。

全員が食べ終わり、奥さんに礼をいったとき、健之助が、

「自慢ついでに、もうひとつ自慢の品を見せよう」

 と言った。奥さんが、迷惑だからやめなさいと諫めたが、

「いいや、これが泊めてもらうものの仕事だ」

 と主張した。白明も、確かにそうですね、と笑った。

 レルとシャンメイは、奥さんに連れられて今夜寝る部屋へと案内された。

残りの二人が案内されたのは地下にあった、ある部屋だった。その扉を開けると、中には大量に銃器のコレクションがあった。健之助はそれぞれが、いくらするかだとか、いつ作られただとか、どういう経緯でこの街にやって来ただとか、説明を並べた。そして白明の腰についたピストルも、その時になってようやく見つけた。

「すげえな、なかなか高い奴じゃねえのか」

「そうですね。家に有ったやつですが」

 白明が答える。そんなことを初めて聞いたレイは、

「なあんだ、困ったらそれを売ればいいんじゃんか」

 と言ったが、白明はそれにたいして断固反対した。使わざるをえない状況はいつ訪れるのか分からないし、大切なものなので絶対に売ることはできないという事を、控えめにではあったが譲らずに言った。

そしてふたりも部屋まで案内してもらった。久しぶりに風呂につかって、着心地のいい寝間着を着て、その日はぐっすり眠ったのだった。


 早朝、白明は目を覚まして、街を歩いた。歩きざま、街中に見える窓を見ていた。正直言って白明自身もお金が欲しいのだ。

 大きさも形も、それに色から手触りまで、この街にはいろいろな窓がある。健之助は過去が見える窓、と言ったが、それは四六時中過去を見せ続けているのか、何かのきっかけで見えるのか、どのように見えるのか、一切分からない。それにこの街のガラスの量を侮っていた……。壁より硝子の面積が多いくらいだし、硝子だけでできた自転車やら本棚やら人形なんかも、よく店のまえに並べられたりしていた。

 そうやって歩いている時に、白明にあるポスターが目についた。

【単発バイト パスタ大学 大清掃キャンペーン

 日給 一万~…… 資格不問

 五月 二三、二四、二五 午前十時~午後五時】

「すみません。今日って何月何日ですか?」

 白明は通りすがった登校中の中学生に聞いた。

「二十五だよ」

「……今日がラスト。わかった」

 それだけ呟くと、中学生に対し礼を言って、地図に書いてあった大学のところまで走っていった。とっくに「永遠の窓」なんて諦めていたのだ。


 大学につくと、簡単な履歴書を書かされ(住所は健之助のものを借りた)すぐに仕事の説明を受け、十時にはまだに十分早かったが仕事を始めることにした。白明はちりとりとほうきを渡され、床のごみや塵を集める仕事を割り当てられた。なぜ大々的にバイトを募集してやっているのか、入ってすぐに理解した。この大学は白明が今まで見てきたものの中で一番広い、掃除するには果てしなく広すぎる大学だった。門に近くではそれなりに人がいたので、白明はかなり歩いた先にある遠くの校舎から始めることにした。

 誰もいない、音もしない、延々続く廊下を白明はひとり掃いていた。外に面する側は下から上まで硝子窓になっていて、縦三枚、横永遠に区切る鋼鉄の窓枠が格子状に組まれている中に、ずーっと硝子がはめてあった。しかしそれが北側に面しているせいで、電気のついていない廊下は薄暗かった。

「あれ! こんにちは」

 白明が黙々と作業しているとき、右手に何枚かのタオルと、左手には重たそうに台を、一生懸命持った女の子が声を掛けた。

「どうも」

 白明は挨拶を返した。女の子はそれに対して、反射的に微笑んだ。とても小さい女の子だった、まだそれほど背ののびていない白明ではあるが、そんな彼の胸ほどまでしかない身長で、体も細く、そのせいでさっきの笑顔もより子ども的に映るのだった。

「何歳?」

「ええ! 女の子にいきなり年齢聞きますか?」

 台を床に置きながら、睨むようにして言った。

「年齢聞きますか? っていうほどの年じゃないでしょ」

「うーむ。……二十一歳です」

「……そうなんですか」

「そういう少年は、何歳なの?」

「十七歳です」

「へー、学生か。三連休だもんね。名前は? 私は株式チャラ。年齢はあれだけど、チャラちゃんって呼んでええよ」

「僕は、山中白明です」

「……うん」

 チャラは台を窓側によせて、そのうえに立ち窓を拭き始めようと腕をのばしたが、それでも真ん中より少し上までしか届かなかった。

「ねえ、白明ちゃん、仕事代わってくれない? もうちょっと上まで、白明ちゃんなら届くでしょ」

 それによって、白明は窓を拭いて、チャラは廊下の塵掃除をすることになった。

 昼になって、昼食休憩の時間、二人は一緒に食堂へむかった。食堂も、ものすごく広かった。四方面にそれぞれ売店があり、フードコートのようである。白明はカツカレー定食、チャラはサラダ定食を買った。

「なんですかサラダ定食って」

「おいしいもん」

 見てみると、サラダと御飯とみそ汁と漬物が盆に乗っていた。

 席は端から埋まっていくようで、ふたりは真ん中に座した。

「ねえ、白明ちゃんどこの学校行ってるの?」

「あの、実は学生じゃないんです。ずっと旅をしていて」

「ほえー……。それで、お金稼ぎですか。すごいなー。一人で?」

「いや、四人です。旅の途中会った人たちで。七十七歳のおばあちゃんと、二十一歳の女の人と、五歳の子ども、って感じで」

「なーんだか、意味わかんないね」

 チャラはそう言って、またあの無邪気な笑顔をしてみせた。

「私からも意味わからない話して言い? わからないっていうか、とある噂話なんだけど」

「なんですか」

「この学校である生徒が消えたっていう話。消えたっていうかなぁー……? 死んだとか、それも自殺だとか殺されたとか、いろんなうわさが飛び交ってんだけど、一番信憑性があるのが殺された話なんだよ」

「それが一番ですか?」

「そうなの。といっても、死体があったとかじゃないの。……説明するね。三か月ほど前、ある男子学生が学校に来なくなったの、ここの学生ね。それで、彼の友達が実家を訪れて親に聞いたらしいんだけど、親曰く「ちょっと長く家を出る」と言っていたらしい。しかし、誰の家に泊まっているわけでもないし、財布すら持って出てなかっただけか、彼の母親に調べてもらったらしいんだけど、別に銀行からお金が引き落とされてたわけでもないの。それでもまあ、ほかでお金を調達する方法を見つけてるのかもしれないんだけど」

「それで、何で殺されたことになるの?」

「彼のパソコンに送られてたメールを見たらしいんだ」

「……みんな暇だね」

「大学生だからね。そこには匿名のメールがあって、彼が家を出たその日の夜に、大学に来るように言ってあった。それどころか、親には「ちょっと長く家を出る」と言っておけという指示もあった。それで、どこかに連れて行かれたんだろう。……殺されてるんじゃないか? ってね」

「じゃあ、殺されたって言うのは、完全に妄想なんだね」

「だってそっちの方が面白いじゃん。三か月も帰ってきてないんだよ」

「どこかで働いてるんだよ。それに、長く出る、って言ったら何年単位とかじゃないのかな」

「それぞ、旅人の感覚だね」

「そうかな?」

 ふたりは食事を終えると、またさっきの校舎に戻って掃除を始めるのだった。


 それから三時間くらい、おおかたチャラの方が、ではあるが喋りながら、掃除をしていたが、その時になってチャラが、

「ごめん、白明ちゃん。私、こっから別のバイトに行かなきゃだから、ドロンするね」

 と両手を合わせて言った。

「ドロン……。いいですよ、おかげで退屈しなかったわけですし、ここからはひとりでも」

「ごめんね、じゃあね。バイバイ」

「気をつけてください」

「うん」

 チャラは両手に持ったほうきとちりとりを、ガチャガチャ鳴らしながら、走り去った。あと一時間ではあるが、白明はひとりで作業を続けることになった。

 目の前の窓くらいしかしっかり見えなくなるくらい暗くなってきた頃、白明が次から次へと窓を拭いていると、突然ある窓を拭いた途端、その窓が一瞬強く光った。咄嗟に目を隠し、おさまったのに気づいて窓を見てみると、その窓がある映像を映し出した。


 ある青年が、壁にもたれて立っていた。そこに肥った男が登場する、青年が姿勢を正しその男にとりすがるようにないかを言う。肥った男は何も反応を見せず立ちっぱなしである。青年は何かを訴え続けていたが、その最中、突然気を失って倒れた。青年が崩れると、そこにスタンガンを持った肥った男の姿が……ゆっくりと消えていき、ただの窓に戻った。


 見終わると、人の気配を感じた白明は、勢いうしろを振り向いたが、人影は見えずしかし、走り去る足音だけが虚空の廊下に響いた。


 五時まで働いた白明は健之助の家に帰り、レイを起こして窓を見つけたことを相談をした。そして今夜学校に忍び込んで、その窓を切り取って持ち帰ろうという事になった。レイは、

「っそれじゃ、がんばってね」

 と言ったが、あの窓を一人では運べない、という必死の訴えにより、レイも一緒にやることになった。

 みんなで晩ごはんを食べ、部屋にもどった後、白明はレイの部屋をおとずれ、ふたり一緒に家を出て大学まで歩いた。四十分ほど歩いて、到着したころには八時を過ぎていた。

 そこから白明の案内によって、あの校舎に向かった。ふたりは、晩御飯の後、健之助にも説明し、硝子窓を切り取るための熱カッターと、窓枠を切るためのペンチを受け取っていた。例の窓の周りの窓ガラスと窓枠を切って、真ん中だけを持ち帰る算段である。

 ようやく、校舎についき、白明を先頭に校舎を歩いた。階段をのぼって二階に行き、廊下に出たところで、突然白明が腰のピストルを抜き発砲した。

 その弾は、見事窓を割ろうとしていた覆面をした謎の男の振りかぶったハンマーに当り、そのハンマーを弾き飛ばした。

「すっげえ」

 レイも驚いた。腰を抜かした男のもとに白明は走り寄ろうとしたが、そこまで三十メートルほどあり、到着する前に男は立ち上がり向こうの闇へと走り去った。

「あいつが戻ってくる前にやってしまおう」

 レイが言った。

「うん」

 そうして二人は急いで周りの窓と窓枠を切り裂き、窓をはずした。

 窓は二人でもって、やっと持てるほどの重さだった。

 夜の学校、校舎と校舎の狭間を、窓を運ぶ二人。そこまでは上手くいっていたのだが、あと少しで学校を出れるというところで、パシッと窓が音をたてた。

 それに気づいたレイが窓を見てみて、声をあげた。

「ちょっと! 白明、これ」

 言われて、白明も立ちどまり窓を見てみると、窓には弾丸で打ち抜かれたような穴が、罅にかこまれて綺麗に空いていた。

「これってさ、傷がついたら……」

「うん、効果なくなるって。好きなだけ報酬ってのも、なくなっただろうな」

「ちょっとぉ、冗談じゃないわよ」

 ふたりはその場に窓を捨て去って、健之助の家まで帰ったのだった。


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