基本設定を確認しよう。この娘は決して武道の達人でも無ければ偉大な魔法使いでもない。俺の力が加わる。とはいえ、娘は決して俺の力を十全に引き出すことは出来ていない。

 「えい!やあ!」


 勇者の周囲に流れていた血。そこから続いていた血の跡を辿り、俺達は街から少し離れた森に来ていた。


 案の定、そこらに大小様々な刀傷をつけた魔物の大群が俺と娘を歓迎してくれた。


 今は取り敢えず返り討ちにしている。


 「娘。お前に武道の才が有るとは思わなかったぜ。」


 先程から俺はほぼ魔法は使っていない。


 万が一のことを考え、娘には俺と融合せずに最低限の強化魔法を掛け、徒手空拳で魔物を相手にしてもらっていた。


 「私、武道なんて嗜んでいませんが?」


 そう言いつつ飛び掛かって来る犬の眉間目掛けて正拳を叩き込む。


 明らかに素人の繰り出すそれでは無い。


 「その動きはじゃぁなんだ?」


 「あぁ、コレですか?これは昔、ステラおば様に教えて貰ったものです。なんでも虫除けだそうですよ。」


 虫除け。虫除けねぇ……体調1m越えの虫なんだろうなぁ…。


 「まぁいい。で、娘。いつまで魔物を殴っているつもりだ?いい加減先に進まんと埒が明かんぞ?」


 先程から娘が無慈悲に急所を殴りまくっているが、魔物の勢いは衰えない。


 当然だ。突然変異を起こした所謂怪物。急所を抉られた程度では眠りもしない。


 「そういえば、悪魔様?あの街に来る前に熊に遭いましたよね?あの時『元に戻す』と仰っていませんでした?それは今出来ませんか?」


 よくもまぁそんな事を覚えていたもんだ。


 「出来る。と言ったら?」「やって下さい。」


 軽く食い気味に迫る。仕方ない。


 「娘。手伝え。」


 「解りました!」


 迫って来た狼の顎に蹴りを喰らわせながら詠唱を開始する。たかが数日でここまでよくも慣れたものだ。まぁ、俺の方も同じようなもんだ。すっかり馴染んだお陰で融合無しでもこの程度の魔法は出来る。


 「「生きとし生けるものから逸脱した魔性の者達よ。汝らにあるべき姿に戻る道を与えん」」


 周囲の魔物達が光始める。それと同時に魔物達は苦しみ始めた。


 「戻りなさい。」『再生リバース』


 魔物達が一層強い光に包まれた。


 「これで…大丈夫でしょうか?」


 光が消えると周囲の魔物が倒れていた。これは成功した。


 「心配ない。ほら、見ろ。」


 先程眉間を殴られた犬が息を吹き返した。魔物の頃の傷がある程度は残っているが、命に問題は無いだろう。


 「ウォン!」


 尻尾を振って森に消えて行った。


 「ホラな。」


 「有り難う御座います。悪魔様。」


 そうしている間にも魔物だった奴らがどんどん息を吹き返して、森へ消えて行った。


 「さぁ、大概の奴等は消えた。あとは……この血痕の先に居る奴等達だけだ。」


 足元に残った血痕の間隔が広くなってきている。代わりに血に触れると指が赤くなる。乾ききっていない。つまり。


 「もう、居るのですね。」


 「あぁ、気を付けろよ。娘。まかりなりにも勇者を相手に生存してここまで来ている。さっきまでの小動物程度とは違う。それに、相手は手負いだ。何をするか解らん。」


 確かに、手負いの獣は恐ろしいと聞きます。覚悟する必要があるのでしょう。


 「有り難う御座います。では、行きます。」


 そう言って娘は血痕を追って森の奥へと進んでいった。








 「グゥルゥルゥルルゥゥゥ!」


 その先に居たのは熊だった。しかもあの熊。


 「俺たちが最初に遭った奴か?」


 「多分そうでしょう。」


 見たことのある外見。恐らく街に着く前に襲われ、勇者に吹き飛ばされたあの熊だろう。ただ、一つ違う点はその身体に痛々しい生傷が有った事だ。


 肩には太刀でも喰らったような大きな傷、毛皮に隠れて解りにくいが、手足にも短剣の切り傷や両刃剣で突かれたような刀傷がある。まるで刀傷のバーゲンだ。


 「アイツ……。自称で(笑)であっても腐っても勇者って事か。コイツ相手に無傷ではいられるんだな。」


 「悪魔様。非道いですよ。何故そのように勇者様に対して棘が有るんですか?」


 娘は不満そうな声で俺に不満を投げかけてくる。まぁ、偶に居るになろう系の相手が面倒だったから。という理由が有る。しかし、それにしても俺の敵意は尋常ではない。言われて気付いた。


 「なんでだろうな?」


 そうしている間に熊は襲ってきた。全く、最後まで考えさせろって話だ。


 「娘、コイツはそう簡単には元に戻せん。少し動きを止めてさっきのをやるぞ。」


 「解りました。融合は…」


 「仕方ない。やるぞ。」


 『契約者よ 汝のしもべを受け入れよ 汝は我に近づき魔人と化し 我は汝に近付き魔人と化す 魂は一つとなりて 我らは我となる』


 二人が一人になった。


 今回の衣装は前回の水着&エプロンではない。


 肩の出る、肉体にぴったりと張り付いた黒いタイツ。太ももギリギリまで攻めた、この前の水着並みの露出であるその服。そして頭にはウサギの耳のような被り物。


 つまり、バニー服だ。少しアレンジは加えられているが…。


 自分でも中々の完成度であると思う。ハイレグがギリギリを攻め、網タイツの透け具合には気を配った甲斐が有り、遠目に見ると良い色合いを醸し出しているだろう。因みに、うさ耳のギミックとして音源の方向に耳が動く。


 「あの…これは?」


 困惑が伝わる。まぁ、これに対しては色々言い訳が出来る。


 「相手が元野生の熊だからな。油断を誘うべくウサギにした。大丈夫だ。ウサギ強いぞ。」


 大真面目にそう言う。


 「そう…ですか。解りました。では、行きます。」


 アレンジで加えた時計模様の籠手を打ち合わせて娘は熊へと向かっていった。


 「グゥア!」


 熊はその巨体と速度をそのままに突進する。人間相手なら、というか、大概の動物なら余程大型でもない限り確実にミンチだ。


 当たれば。


 「当たらなければどうという事は無い。」


 娘はウサギの如く、その足から想像もつかないような跳躍で突進を回避した。熊はそのままの勢いで近くの木を薙ぎ倒す。そこそこの太さの木が割りばしのようにへし折られていく、どころか、その一本では勢いが殺しきれなかったのか、何本も何本も簡単に折って行く。 5本目を折ったところで勢いが止まる。


 「グゥルゥゥゥゥ」


 目の焦点が合っていない。明らかに興奮、激昂している。刀傷から血が噴き出す。不味い。


 「娘、さっさとケリを付けろ。あいつ、興奮して解っていないが相当の重傷だ。あと何回か暴れさせたら森のくまさんに戻してもそのままおっ死ぬぞ。」


 「解りました。でもどうすれば?」


 ウサギの様な身体能力を与えた。が、娘の華奢な体躯の全力をクリーンヒットさせてもウェイトで惨敗する。ならば話は簡単。


 「同じ巨体の奴の全力ならば確実に仕留められる。」


 「どういうことですか?」


 「いいから、娘、構えろ。今度は避けずに、籠手で受け止めろ。心配するな。それは特別製だ。」


 娘は不安そうな表情を示した。が、直ぐに熊の傷を見て覚悟を決めたようだ。


 「ゥルルグルウ!」


 折れた大木から巨大な塊が飛んでくる。娘は言いつけ通りに手を前に出し、微動だにしない。


 ドスドスドスドス


 地面が抉れて地面が揺れる。一直線にこちらに迫る。


 ガッ!


 娘の身体を完全に捉えた。


 娘の身体は吹き飛び、木々を薙ぎ倒しながら背中を叩きつけられて勢いが止まった時には真っ赤に染まって……………ない。


 それどころか、突撃した熊の頭を両手で受け止めた。両者には何の怪我も無く。


娘の足元に至っては衝撃を物語るクレーターや踏み込んだような跡も無い。衝撃を逃した跡も無い。


 「よっしゃ!」


 思わずガッツポーズ…おっとと


 「クマ公、悪く思うなよ。」


 『止まった時は動き出し、あるべきことはあるべくして起こる』


 『クロックチャージ・解放』


 次の瞬間、熊が勝手に吹き飛んだ。


後書き編集

 娘がエンジンなら俺は燃料だ。燃料オレは無尽蔵でどんな事をしても空になることは無い。


 しかし、結局のところはエンジン(娘)が問題だ。幾ら燃料があってもそれを使うエンジンがスクラップなら燃料は役に立たない。どんなレースにも負ける。


 そこで俺は考えた。


Q.『燃料は無限。エンジンはポンコツ。』この状態でレースに勝つならどうしたら良いか?


































A.レーサーの超絶技巧で勝利する。が正解だ。

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