穏やかな牧草の中。魔物は躍る。勇者は躍る。そして悪魔は躍り、聖女も躍る。如何に暗躍、活躍するかは言わないがな。

 「魔物……、ですか。」


 「あぁ、ここら辺は最近よく出る。少し前まではここまでひどくは無かったんだがなぁ。」


 夕食時。爺さんは娘に飯の世話まで焼いてくれる。


 「安心して!この僕が居るからには魔物の10や20程度。鎧袖一触してやりますよ!」


 相変わらずコイツのテンションは高い。そして暑苦しい。


 「頼もしいですね。」


 「何言ってんだ。今だってギリギリ息切れしながら倒してるやつが。」


 「最近少し増えて来たんだよ!安心しろ!ジーサンと違って俺は成長期。魔物の増える速度より俺の強さが上がる方が先だ!」


 「ジーサンじゃねぇ!せいぜいレベルアップする前にくたばんねぇように気ぃ付けんだな!」


 「ジーサンこそ。馬の魔物に蹴られて死ぬなよ!」


 仲の良い喧嘩。


 「ウフフ、仲が宜しいんですね。」


「「何言ってんだ!!良くねえ!」」


 二重奏が家に響き渡る。


娘から漂ってくる感情はなんだか痒いものだった。






 「こちらで良いですか?」


 「すまねーな。」


 「いいえ。一宿一飯のお礼です。これ位は………。」


 そう言って娘は甲斐甲斐しく牛を世話する。牛がうっとりしている気がするのは気のせいだろう。


 朝早くから娘は起きると、爺さんの手伝いを始めた。そうして今、牛舎に行って朝のエサやり中だ。


 「ありがとな。それが終わったら飯にするぞ。」


 「朝ごはん迄…。有り難う御座います。」


 「つっても、期待はすんな。」


 そう言って黙々と作業を再開した。


 そう言えば、あの勇者(笑)は何処だ?


 「娘、あの勇者は何処だ?」


 「あの、ジールさん?あの勇者様は何処にいらっしゃるのでしょうか?」


 「あん?小僧なら未だ寝とる。あの寝坊助めが。朝飯が有ると思うな。」


 「ジールさん?そう言えば、あの方のお名前はなんと仰るのでしょうか?私、昨日から勇者様の名前を聞かなかったのです。」


 「……、あぁ。俺も知らん。ここいらの奴は坊やだ勇者だ呼んでるが、誰も知らんだろ。」


 「そう、ですか。」


 名前を名乗らない。これは幾つか理由が考えられる。


1.名前を用いた呪術防止


2.自分の名前が解らない。


3.その他


 その内、先ず2は除外だ。偽名を使えばいい。


 1は、あり得るが、あの短絡そうな勇者(笑)にそれは考えられないだろう。


 その他…。何だろうな?


 「娘、あの勇…」


 「大変だ!ジールさん!!」


 牛舎に入って来る男が居た。


 「どうした!?こんな朝から。」


 入って来た男の顔はどう見ても愉快なニュースを持って来た奴の顔じゃない。


 「勇者が、あの勇者君が…」










 「オイコラ何寝てやがる!朝飯だ。さっさと起きろ!」


 ジールさんは怒鳴る。目の前の勇者様は血塗れで倒れて答えはしない。


 「オイ、オイ……オイ!起きろって言ってんだろう!」


 ジールさんは揺さぶって起こそうとする。


 「ジールさん!止めて下さい。起きちゃいます。寝かせてあげてください!」


「……………ZZZZZZZZZZzzzzzzzZZZZZZZZZZZZzzzzzzzzzzzzzzzzz」


勇者様は大きないびきをかきながら眠っていた。おびただしい血の中で眠っていた。


 「ったく!何もせずにブラついてるとおもったらコレか、ケッ!なんだって言わねんだ…。」


 悪態をつきながらもその表情には安堵が有った。何だかんだ言ってこの人も勇者様のことが好きなのですね。


 「…………。妙だな。」


 先程から沈黙していた。と言っても基本的に話し声は私にしか聞こえないのですが…悪魔様からそんな声が聞こえて来た。


 「何がでしょう?」


この状況。血溜まりの中で寝ている状況は不自然だが、それとはまた違う「妙だな」という発言に思えた。


 「妙だ。この血は魔物のものだ。で、その中でコイツが無傷で寝てる。つまり、昨日から今朝にかけてコイツはここで大立ち回りをしていたことになる。爺さんの口調からそれは明らかだ。が、そこで問題だ。どうしてだ?」


 「どうして…。と言いますと?」


 魔物。


 私の街の周りにはあまり魔物が出なかったので悪魔様が何を言っているのかは解りませんでした。


 「魔物。ってのは、本来は普通の生き物が自然界の異常な魔力の影響で突然変異すると湧くんだ。で、この近くにそんな異常な魔力は無さそうだ。」 


 「解るのですか?」


 「多少な。お前との契約で能力はフルに使えているとは言えない。が、それでも解る。これだけの血が有って死体が無い。つまりは複数の魔物が居たって事だ。しかし、この環境で複数の魔物が出る事は本来有り得ない。」


 先ずまともな状況じゃねぇな。


 本来無視してさっさとこの街をトンズラさせたいが、


「悪魔様。お手伝い願えますか?」


 無理なのは分かっていたさ。確定事項だ。絶対的に訪れる真理だ。


 「解った!目的はこの街の魔物被害の原因究明とその根絶。それでいいか?」


 面倒だが、もう来ると理解していた。不可避だという事も。


 「それで結構です。では参りましょう。」


 そう言って勇者がジールの家に運ばれるのを後に娘は迷うことなく歩いて行った。


 「オイオイ、娘。お前何処に行く気だ?」


 娘の迷い無い歩みにうっかり流されそうになったが、コイツ。何処に行く気だ?


 「先ずはこの街周辺を歩き回って魔物の発生源を探ります。歩いていたら向こうからやって来てくれるでしょう。私たちは逆流して源を絶ちます。」


 「………。」


 案としてはまぁ悪くない。が、単純すぎだろ?


 「それに、私が、私たちが暴れれば注目して街に入る魔物の数も減るでしょう?」


 成程。


 「解った。飯も食ってねぇんだ。サッサと終わらせるぞ。」

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