勇者…ツボ割り職人の事。チート勇者は異世界転生者が成り過ぎて飽和状態。よく「なろう系勇者」であると言われてディスり対象になる。最近勇者が多すぎてヴィランは不憫なポジションになりつつある。

 「おい娘。他の奴もそうだが、特にコイツに対しては俺のことを言うなよ」


 娘に釘を刺す。


 「解りました。ですが、何故ですか?」


 「悪魔と勇者っていうのは悪魔と魔王位仲が悪いんだよ。もし、俺が悪魔だとバレれば殺し合いになる。」


 それを聞いて娘の顔が強張る。


 「解りました。お口にチャック。ですね。」


 可愛い。………。イヤイヤイヤ。


 「見えてきたよ!さぁようこそ。ここが僕らの街。牧畜で栄えた街。メルッシュさ!」


そう言って指し示す先には大きな街が有り。門が有った。


 あの後、颯爽と勝手に現れた勇者は娘にしつこく言い寄り、ここから先は危険だからと強引に自分達の街に引き連れて行った。そこに行けば馬車や冒険者が居るから安全を確保できる。という理由だった。


 「全く。如何にも勇者らしい。」


 「如何にも……?」


 「勇者ってのは大概が病的にお節介焼きで鬱陶しい底抜けそうな…否、底抜けの阿呆が多い。強引だろ?わざわざ俺たちをここまで来させるのも…。」


 「悪魔様。私の様なか弱い女一人が武器も持たずに旅をしていたら声を掛けるのはむしろ良いことですよ?」


「…………」


「さぁ!こっちだ!!皆歓迎してくれるだろう!」


柵の合間を通るととそこは緑が覆っていた。


「うわぁ!凄い!!牛が一杯!!」


街。そう言ったが、これは街と呼べるのか?


見渡す限り牧草と牛ばかり。


その合間に家?牛舎?が点在している。


土地が広く、人口密度は低そうだ。


逆に牛口は広々しているから具体的には解らないが、かなり有りそうだ。








「この街は牛一本。居候の僕以外は牛飼い100%の街だ!他の職業はあるにはあるが牛飼いとの兼業。男は皆カウボーイ。女は皆カウガールさ!!」


歩きながらも勇者はガイドを続ける。


「僕も最近来たばかりだから地元民面は出来ないけど、良い街だよ!」


「勇者様は此方の方では無いのですか?」


娘の質問に対して勇者がとんでもない事を答えた。


「あぁ!僕はこの前異世界から来たんだ。」






 「になろう系がっ!」


 「どうしたんですか!?」


 思わず叫ぶ。娘にしか聞こえはしないが、不用意に叫んでしまった。




 になろう系勇者


 パッとしないモブがなんの対価も無しに神から反則級の技能や魔法を貰い、挙句の果てに調子に乗って好き勝手やりまくって勇者面するのが特徴の奴等である。


 特にこの手の阿呆は自分の能力を過信して傲慢になって周りを生命の危機にさらす。


 ただでさえこちらは悪魔と契約した聖女というヴィランサイド感満載の二人。


 バレたら街を巻き込む。そして契約違反で俺は多分無事じゃ済まん。


 「悪魔様?になろうとは何でしょう?」


 娘は無邪気に問いかけてくる。


 「何でもない。いいか娘。絶対に俺のことを言うなよ!!」


 強調して凄む。


 「は、はい。解りました。」


 娘は圧に負けて頷くだけだった。








 「ここが僕の居候している家さ。ちょっと待ってて。じーさん?ジーサン!」


 そう言って家の中に入っていこうとする。


 「何だ⁉あと、じーさん言うな!ジールさんと呼べ!」


 家の中から出て来て答えたのは髭を生やしたそこまで歳を経ていない老人だった。


 「だからじーさんでしょ?」


 「ワシは未だじーさんではないわ!ジールさんだ!」


 「それは置いといてじーさん。客人なんだけど、泊めてくれる?」


 「お前…この流れで良くも抜け抜けと…、なんだ?娘さん?この若造にたぶらかされたのか?それとも、お前まさか……」


 そう言って訝し気な目を向ける。俺に、娘にではない。


 自称勇者に向けて。である。


 「人攫いする訳無いだろ!全く、人を何だと思ってるんだ?」


 「妄想と現実の区別のつかん自称勇者だろう?全く、ワシは知らんぞ?捕まっても儂の名は出すな。」


 「ちーがーう!!魔物に襲われそうだったんで助けたんだ!で、ここんところ歩きでこの辺行くなんて危ないから馬車でも用意出来ないかと思って…でも、もう昼過ぎだし、宿を取って明日に出た方がいいかなー?って。」


 おいおい、コイツ。さっきと言ってることが違ってるぞ。


 この野郎。勝手に決めやがって。


 「勇者様?私野宿を致しますので…、お気遣いは大丈夫ですよ?」


 ほらぁ、娘さえ困惑してる。コイツ何考えてんだ?


 「いやー、僕も最初馬車を貸してお終いにしようかと考えてたんだけど、流石に今から出て行っても安全圏には辿り着けないなぁって。で、ちょっと悪いけど止まって貰った方が良いかなって…。もしかして急ぎの用事でも?なら僕がおんぶして走っていくよ!」


 下心で泊めようとしているかと思ったが違う。


 コイツ。単なるバカだ。


 娘が急ぎだと言ったら真面目におんぶして走りかねない。


 「娘。諦めて今日はここに泊まれ。爺さんがOKすれば…だがな。」


 「解りました。流石に私もおんぶはちょっと………。」


 後は爺さんの返答次第。


 「おい娘さん。悪い事は言わん。泊ってけ。でなきゃコイツは本当におんぶして走るぞ。」


 爺さんの目が割と真剣だ。良し、人の好意は素直に受け取るのが吉だよな。悪魔だけど。

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