どんな美徳と言われるものであれど、突き詰めて最終的に到達するのは紛れも無い狂気だ。この娘の許しの心は、見方によっては恐怖でしか無いのだろう。

 「何だ…。俺一人でも出来んじゃねーか…。」


 今回。賊を倒すのに使った魔法は二つ。渦潮を水の無い陸などで引き起こすアクアストームと砂嵐を起こすサンドストーム。今回は試しに娘無しに魔法を使ってみたが、一応使えた。


 が、この程度の渦巻を作るのに魔力の消費が異常に激しかった。矢張り二重唱の方が良いだろう。


 泥の渦を見ながらそんなことを考えていた。


 水と土、二種類の渦を巻く類似した魔法を組み合わせ強化している。中の奴等は高速で駆け巡る砂や石に削られて武器諸共無傷ではあるまい。


 「悪魔様、もう十分です。皆さんを早く解放してあげてください。」


 娘がそう言うなら仕方ない。が、


 「娘…。襲って来た奴等に何言ってんだ?こいつ等はお前のことを売り飛ばすか、最悪。殺そうとしていたんだぞ?」


 先程の賊の頭がやっていた指揮はもし俺が居なければこの娘を確実に殺せていたものだ。


 略奪の手法もそうだ。住民全体に回復魔法擬きを掛けて瓦礫を風化させたから死者は出ていないようだが、俺がやらなければ確実にしたいがゴロゴロ転がっていただろう。


 つまり、こいつらはこの娘。正確には俺の手で死に絶える事が何よりも望むべきこととなるような目に合わされても文句は言えない筈なのだ。


 「それでも、今回は悪魔様のお陰で誰も死んでいないのでしょう?街は幾らでも立て直せます。取り返しのつかないものではありません。つまり、彼らはもう悪魔様の手によって裁きを受けた。後は心から反省して頂き、街の復興に全力を尽くして更生して頂ければいいではありませんか。」


 それに。


 娘は続けた。


 「私を殺そうとした事は気にしていませんから。」


 ……………そうか。「気にしていない。」と来たか……………。


 「解った。ほらよ。」


 目の前の泥の渦が消えて、中からボロ布を纏い、擦り傷だらけで泥まみれの男たちが出て来た。誰一人死んじゃいない。


 「ガホ!エグォ!オエォ!オホオホオホ!」


 男たちが空気を求めて咽る。泥水を鱈腹食ったのか咳があちこちから聞こえる。


 「皆さん。大丈夫ですか?全員無事ですか?」


 娘はあろうことか先程まで自分に刃を向けていた賊に不用意に近づいて行った。俺が居るから擦り傷一つ負わないことは安請け合いだが、おそらくこの娘は自分が安全だとか危険だとか一切考えていない。


 「!おぉぉぉぉぉーオ俺たちが悪かつた。すまね、すま すいませんでした!どうか、命を助けてください。」


 泥水に塗れながら賊共が怯えて地に伏せて命乞いをする。その声には自分の隣。目前に死が在ることを感じ、心の底から怯え、許しを請う浅ましい人間の本性が有った。


 『お前ら、何で助けて貰えるかもしれないなんて甘ぇー考え起こしてるんだ?』


 「悪魔様!少し黙っていてください。」


 怒られた。さっきは止めなかったのに。悪役然とした振る舞いを人間にするのは密かな楽しみなんだがな…。


 『ヘイヘイ仰せのままに。』


 そう言って娘は一歩賊に歩み寄る。それだけで全員が戦々恐々だ。


 「皆さん。怖がらないで下さい。命は奪りません。どうぞ顔を上げてください。」


 そう言って頭を上げるように促す。それを聞いて恐怖が焼き付いたような顔を上げる。俺の演出した悪魔然とした大悪魔が人間の小娘に化けたのだ。そいつらの顔はどういう顔をしていいか解らない顔をしていた。


 「聖女様。我々に施しを、命をお救い頂けるので御座いましょうか?」


 人生で一度も使ったことの無いであろう言葉遣いで御伺いを立てる賊は滑稽だった。


 「救うも何も…。もう悪魔様から十分お仕置きをされたでしょう?ならもう、後で住人の皆様に謝って、私も一緒に謝りますから。で、後は自分達が壊してしまった分をちゃんと働いて返して下さい。皆さんも優しいです。今回は誰も死んでいませんし、取り返しがつかない訳ではありません。自分達の行いを悔いて生まれ変わって生きればきっと許して下さいます。」


 邪気も策謀も無い、不自然な程無い笑顔で賊に諭す聖女。


 それを聞いていた賊達の顔が明るくなっていった。


 「俺は……イヤ、俺達は、こんな女神に、刃を、おおおぉ!なんと罪深いことを!」


 「有り難う御座います!アッシら、盗賊としてのアッシらは今日、死にやした。これからは女神さまの言う通り、生まれ変わって生きて行きやす!」


 「俺ぁ、ここまで優しくされたのは初めてだ!」


 つい先刻まで殺気に満ちていた集団がとんでもない勢いで大人しくなっていく。


 「皆さん、立てますか?立てるようでしたら皆さんに謝りに行きましょう。皆きっと許してくれます。行きましょう。」


 そう言って住民が逃げて行った方へ歩いていく。賊達はそれに従順に付き従っていった。










 悍ましい。俺はそんな感情を抱いた。


 自分を殺そうとした奴らを平気で許し、「気にしてない」と抜かした。


 挙句そいつらを許して誰も死んでないから取り返しがつく。という理由で平然と許そうとしている。


 俺はやらない。やったことが無い。というか、人間もそうだろう。


 俺が契約して蹂躙してきた人間はここまで突き抜けてはいなかった。


 欲が人皮を被ったような奴等であった。が、ここまで狂気を感じはしなかった。


 「悪魔が悍ましいだ狂気だなんだかんだと…笑えるな。」


 「どうかしましたか?」


 「イヤ、なんでもねぇ。」


 この娘との契約があと少しで終わることを俺は安堵していることに気付いた。


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