この時の俺は戦慄していた。人間の中には「裏切りを絶対に許さない、裏切ったら確実に相手を殺す殺し屋」なる者が居ると聞いていた。もしかしたらこの聖女も裏切った者に死を与えるかもしれないと思った。

 罰が下ったのだ。神の教えに背き、悪魔様に縋った私が悪いのだ。


 そのこと自体に私は納得している。永劫の苦しみに苛まれることも諦めた。


 ろ


 でも、一つ、一つだけ心残りがあった。それは、皆を助けることが出来ない事だ。


 私が魂を売ることで皆が救われるのだったら安いと思っていた。だから魂を売ったのだ。しかし、それが叶わないとなれば未練が残る。何としてもみんなを救ってほしい。


 無理な話だ。私はもう無力。神も私にはもう微笑むことは無いだろう。悪魔様はもってのほか。


 きろ


 皆さん本当にごめんなさい。大馬鹿者の私を呪ってください。罵ってください。どうぞ。恨んでください。


 「起きろ娘!願いはなんだ⁉」


 頬が痛い。何かに、誰かに叩かれている。誰に?


 「起きろ娘。力が欲しいって言ってたろ⁉早く起きろ、じゃないと渡せないだろ!早く早く!」


 さらに激しくたたかれる。痛い。


 でも誰に?何を?私はもう悪魔の腹の中。叩かれ、痛いと感じる身体も無い。


 「コラ!勝手に食われるな。俺は食ってないぞ!」


 目を開けた。開けられる。


 目の前には悪魔が居た。


 「え?どうして?」


 私は魂を盗られたはず。なのに悪魔の周りに映る光景は見慣れた地下室。


 「イヤ、捕ってない捕ってない。君は未だ無事。さぁ、願いを叶えるぞ。」


 なんだか妙にやる気とフレンドリーに満ち溢れている。余所余所しい。


 「どういう…ことですか?」


 「ん?何が?」


 すっとぼけた顔の悪魔様。


 起き上がって体を動かしてみる。問題はないようだ。


 「『私の魂を貰う。』そう言っていましたよね?」


 「え、うん?」


 「私を騙してさっき酷いことしましたよね?」


 脂汗を流している悪魔様の顔を凝視する。目が泳ぎ回って私と視線が全然合わない。


 「あの…、え…と。すいません。騙して魂奪おうと思っていたのですが、契約のズルしたその部分が消えていまして、つまり。私はあなたの力になります。ごめんなさい。」


 正座して土下座をした。つまり。最初は私と協力する気は無かった訳ですか。そうですか。


 「………。良かった。では、お願いします。私に力を。上の皆さんを救えるだけの力を私に下さい。」


 悪魔は戦慄した。怒っていない。下さいって言った?アレ?この後オレ。消されるのかな?と恐怖した。


 「怒っていないのか?」


 「今は如何でもいいです。詳しいことは後程。付いて来て下さい。」


 「あぁ、解った。」


 悪魔様は姿を消した。


 「悪魔様?何処に?」


 「心配するな。悪魔ってのは幽霊みたいなものだ。そこに居て見えないだけだ。それに、悪魔と一緒の聖女を見られたら大変だろ?傍にいるから行きな。」


 「解りました。」


 聖女は階段を上がって上に急いだ。


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