健全。その言葉がタグなのには意味が有る。これがその意味だ。そう、健全。この娘はいたって健全である。健全な魂に健全な肉体を持った娘であった。そして俺にも悪意が有ったわけでは、悪意が有ったわけでは…

目の前に広がっていた光景を見て、俺は呆れていた。


 そこいら中に広がる瓦礫と火。人々の悲鳴と叫び声。血の匂いに鉄の焼ける匂い。


 「成程。お前の力の使い方はこれを止める事か…。」


 「はい。先ずそれをお願いします。私に、私に争いを止める力を。」


 契約によって彼女の記憶を読んだ。この状況の経緯、ついでに聞き忘れていた名前を調べる。


 この街の名前はモシリア。近くに川があり、平野のど真ん中に位置し、相当に栄えている。栄えていた。


この街は栄えている上に、周囲に凶悪な魔物がいる訳でも無く、治安が悪いわけでも無かった。故に、周囲からの防御壁が在る訳でもなく、治安維持の兵士が大量にいる訳でもなかった。故に襲われた。


ここに来た招かれざる客は流れの盗賊団らしい。防衛機能が無く、栄えていて略奪しがいのある街。うってつけの狩場だったのだろう。


 と、いう訳で。抵抗できずに街が一方的に襲われて。


「で、皆を助ける為にマリア。お前が誰に頼まれるわけでも無いのに俺を呼んだ…。って訳か。で?つまりはこいつらを皆殺しにすりゃぁ良いんだなぁ。」


 口元が思わずにやける。ざっと100人は居るだろうか?これだけ居れば魂が奪い放題だ


 「止めて下さい。魂を奪うなんて…殺すなんて許しませんよ!『私の願いを叶えるべく全力で御力添えを頂きたい』って約束したでしょ。私の願いは『皆を助けて皆に幸せになって貰う』です。だから人殺しなんて絶対許しません。」


 「ゲッ。ヤバ。」


 昂っていた心が凍りつく。契約だ。人殺しや魂喰らいは禁止された。あーあ。


 「仕方ない。じゃぁ程々に貪りつくすかぁ。」


 「……。!それより先に皆を先ず助けないとっ!」


 娘はそう言ってこちらを見る。


 「あー…。残念だが、俺は人を癒す魔法なんて使えないぞ?もっと言えば程よく人を締め上げる魔法も知らん。」


 それを聞いて娘は絶望と涙で顔を染め上げる。おいおいおい。待ってくれ。


 「が、お前がもし、それらを知っているなら、俺がお前の知っているイメージを組み上げて魔法として使う事なら出来る。」


 「出来るんですか⁉」


 泣きそうだった顔が直ぐに晴れる。


 「あぁ、ただ…それをやるにはお前と俺の存在を少し重ねなくちゃならねぇ。所謂悪魔との融合。一体化だ。後で戻ることは無論できるが…それが出来るか?」


 「構いません!早くやってください。」


 この聖女。ぶっ飛んでるな。


 普通、悪魔と融合なんてやりたがる奴は居ない。神職ならなおさらだ。それを何の躊躇いも無く「やってください。」だなんて…。


 「よし!では始めるぞ。」


 不可視化を解き、聖女の頭に手を触れる。


 『契約者よ 汝のしもべを受け入れよ 汝は我に近づき魔人と化し 我は汝に近付き魔人と化す 魂は一つとなりて 我らは我となる』


 二人の身体が光り出し、火事の火の光が掻き消えた。






 私が溶けていく感覚。私に何かが混ざり、私でなくなってしまうような、そんな不思議な感覚。そんな感覚の後、身体が空に浮き上がった。


 「よし、成功。」


 火に燃える街が眼下に広がる。


空を飛んでいた。私に翼は無い。悪魔様の加護だろう。


 「成功。さぁ。暴れっとするかぁ!」


 悪魔様は舌好調。やる気満々なのがありありと解る。直接的な繋がりが解る。


 「それではお願いします………………!」


 そういって踏み出そうとして


 気付いてしまった。


 「きゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 裸であった。


人の頃には無かった大きな角が頭に生え、黒い蝙蝠のような翼が生えていた。


 しかし、白い修道服は消え、殆ど裸になっていた。




 「悪魔さん!なんで裸なんですかぁ!」


 空を飛んでいた。そして周囲が見渡せていた。つまり、私も皆さんから見えていて…そのつまり………!!!!


 「え?いやぁ、薄着の方が悪魔らしいし、何より服に使う分の魔力が減らせるから…。それに、正確には素っ裸じゃないぜ。ビキニ着てんだろ?よく見ろ。」


 確かに、娘の衣服は融合の際にどっかにいった。だからいい感じに魔力で最高のデザインの服を作ったんだがなぁ。


 因みに、俺の作った服のデザインはざっくばらんに言ってビキニだ。


 漆のような光沢、それでいて鏡のように輝く黒のビキニ。娘の中々豊満な肢体と雪のような肌に非常に映える。ストレートに言えば聖女でありつつ背徳的に出来上がった。ウゥム、中々の出来栄えであった。


 「早く!早く服を返して下さいぃ!」


 泣き始めた。全く、人の傑作衣装を……。やべっ、この行為も契約違反に触れるらしい……。仕方ないか………。


 「悪い悪い。解った。これでどうだ?」


 私の身体の周りに何かが這いまわっていく。


 「…これは?」


 代わりの服が私を覆っていた。


「異世界の装束だ。これなら裸じゃないだろ?な?」


 悪魔様の言う通り、身体を見てみると手足は出てはいるものの体は紺色の薄布で覆われていた。少し薄く、身体のラインがはっきりしていたが、先程よりは良かった。


 「ついでにこれも着たらどうだ?大丈夫だろ?」


 悪魔様がそう言うと、真っ白なエプロンをいつの間にか着ていた。


 これなら…大丈夫。


 「有り難う御座います。取り乱してしまいまして申し訳ありません。」


 「良いって事よ。俺は契約を全うする。お前の願いを叶えるってな。」


 爽やかな笑みを向けてそう言った。


 (………。この娘。ピュアだな。)


 俺は娘の服装を見てそう思った。


 異世界の紺色の薄布。この説明だけなら紺色のドレスと勘違いするだろう。が、しかし、俺が娘に着せた服は…、服と言えるのかは微妙だが、つまりは…「スクール水着」なのだ。要は。


 つまり、娘の服装は水着にエプロンという何ともアレな格好なのであった。


 中々育った肢体にぴっちりした水着が纏われることで、出るところが強調されてしまい、下手なビキニよりも煽情的である。


 しかし、その水着はエプロンによって隠されている。


 そして更にしかし、エプロンを着たことにより一枚多く着ることになったのだが、エプロンを着たことで水着が見えなくなった。


 見えなくなった。それにより、正面から見ると裸にエプロンだけ着ている図に見えてしまうのだ。


 さっきも言ったが、育った肢体である。それに、エプロン………。


色々と背徳的絵面であった。








 (………。このことは色々黙っておこう。)












「悪魔様、悪魔様!聞いています?」


「ん、へ?はい!」


 服装について考察しているうちに話が聞こえなくなっていたようだ。


「早く、皆さんを助ける魔法を教えてください!」


おっと、忘れていた。慌てて悪魔としての尊厳がある程度ある口調に切り替える。


「おぉ。よし!いくぞ、イメージしろ。お前は何がしたい!?」


悪魔様が問い掛ける。私のしたいこと…。怪我をした皆様を、癒したい。


「皆さんを癒したい!流れる血を止め、痛みを無くし、笑顔を取り戻して貰いたい!!」


純度100%の願望。悪魔の俺にも届いた。


「よろしい!その欲望を形にしよう!!」


俺に治癒魔法は使えない。しかし、悪魔の使う魔法には肉体を作り替えるものがある。


街の全住民を自分好みの怪物に変えることの出来る位。だ。


今回は作り替えるイメージをこの娘のものにすることで治療に用いる。


「娘、合わせろ。」「はい!」


願望を口に、魔法に変える。


「「鐘の音は鳴る。聞く者はその身を以て我が望みを叶えよ。死に瀕する者は生者に変われ。痛みに呻く者は痛みを忘れよ。」」


祈りと呪文の二重奏が阿鼻叫喚の地獄に響く。その祈りは形を成し、小さな鐘に成った。


マリアの頭ほどの大きさの、墨を固めたような、どこまでも光を吸い込んでいく。真っ黒な鐘である。


「祈りながら鳴らせ。」


「解りました。」


鐘を手に持ちながら目を瞑る。街を焼く火がゴウゴウ、パチパチ響く、あちこちで人が泣き叫び、それを笑う簒奪者の声も聞こえた。


願わくば、


「皆さんをお救い下さい。」


祈りの言葉と共に鐘を鳴らす。 『悪魔の鐘ディアベル


地の底から響くような鐘の音が他のどんな音より辺りに響き渡る。




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