前話の奇声の声の主を明かさねばなるまい。そして、その奇声を声の主が発した理由も自ずと説明しなければならない。

 俺の名前はノーデスカリア=ディアベル。悪魔だ。


 しかも、ただの悪魔ではない。悪魔の中で最強と呼ばれる悪魔の頂点の悪魔だ。


 今、俺の目の前には一人の娘が居た。若く、人間としては美しい。


 今どき乙女の血で作った魔方陣で清らかな乙女の魂を自ら悪魔に差し出すなんていう難易度の高い召喚の儀式を行っているのを感じたからてっきり悪魔祓いが高位の悪魔を倒してハクでもつけようとしているのか、カルト宗教の儀式か、はたまた高位悪魔を召喚魔法で縛ろうとしているのだと思っていた。


 出てきたら、聖女が祈りを捧げてあろうことか力を欲してきた。


 あそこ迄清らかな魂の娘を俺は今までかつて見たことが無い。それが、あろうことかろくでなしの末路たる悪魔召喚を行った。


 食べたい。


 端的にそう思った。召喚拒否をしないでわざわざ出向いた甲斐があった。


 これだけの魂だ。最高の美味は確定している。


 しかも、魂を取られることをちゃあんと覚悟していた。


 他者を守るため、己が魂を悪魔に食わせる。何と美しき自己犠牲。


「………。ならこの契約書に署名しな。安心しろ。悪魔は決して契約を破らない。」


 悪魔は強大な力の代わりに契約に縛られている。しかし、抜け道はある。それが今回やった手法である。


 先ず、契約書を作成する。そして、そこにはちゃんと口頭説明通りの契約内容を示す。無論、相手の理解できない言語で。である。


 そして、最後に『契約完了の後、十分の間は魂を問答無用で取られても文句は言わない』という文言を自然な流れで記載すればOK。そこにサインをさせて魂を頂く。


 聖女は血判寸前。ためらっていた。そりゃそうだ。聖職者なら尚のことだ。悪魔との契約にロクなものなど無い。


 しかし、この聖女は覚悟して契約に血で反を押した。


 契約完了。これであと十分の間はこの魂を奪い取れる。


 俺は聖女の胸に手を入れ、文字通り胸の中に手を捻じ込み、魂を引きずり出しにかかった。


 魂を引きずり出される。生きていて死ぬ予定の無い人間にこれをやると非常に苦痛が伴う。当然だ。無理矢理肉体から魂を引き剥がすのだ。


 聖女も多分に漏れず。凄まじく素晴らしい断末魔を上げてくれている。最高だ。信じられない。という顔をして苦痛に身を捩じらせながらその表情。信じていたのか?悪魔を?可笑しくて可笑しくてたまらない。


 その上、俺に対して悪態や呪いの言葉ではなく、他者の救いを懇願してきた。


 ここまで来ると腹がよじれそうだ。


 「ィヤだよ。じゃあな。次がありゃ、契約は確認するんだなぁ。」


 「そ、そんなぁ…」


 絶望を浮かべる彼女のその気高く、それでいて光を失った表情がたまらない。可能であるならもう少し見ていたいが、時間切れが近づいてきている。残念だがもう魂を引き抜こう。


 魂を掴み、胸からそれを一気に引き抜く。


『ドゲリャァァマッッピアァァ!!!』


 アカンヤツ。コレアカンヤツ。


 魂を引き抜こうとしたら体が溶けるような、痛いような、痺れるようなもの凄い、壮絶な、そんな感覚に襲われた。人間で例えるならタンスの角に小指を思いっきりスマッシュして片足立ちで痛がって飛び上がっていたら足元のレゴブロックを思いっきり踏んだような、そんな感覚に襲われている状態だ。


 その感覚の正体は知っている。契約違反のぺナルティーだ。


 悪魔は契約を重んじる。理由は破れば即消滅するからだ。たとえ私のような上級悪魔であろうとだ。


 「しかし、どうして、お前…何をした。」


 手を抜いて魂を剥がすのを止める。聖女は糸の切れた操り人形のように倒れ込む。この娘との契約に触れるようなことをしていない筈なのだ。魂を引き抜く際に邪魔になる条文は無かった筈。


 「契約書!契約書は?………あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!」


 契約書の最下部。『契約完了の後、十分の間は魂を問答無用で取られても文句は言わない』の書かれた部分が赤く汚れていた。この娘の血で。その文は塗りつぶされていたのだ。


 つまり、最初の十分魂を好きに…の下りは契約内容に含まれていない。


 つまり、


 「この娘に力を貸さなくちゃならないのかぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 頭を抱えて悶える悪魔がそこには居た。

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