第2話 このままじゃ、死んでしまいます。
■ 修行って楽しい(錯乱) ■
アイン(アインハルト)がマグナカルタを旅立ち、俺の身体と胃にも安息の時が訪れると勘違いしていた頃が俺にもありました。
家に居たところ、ばーさんに誘拐され、島の森深くに設けられた祠の前まで連れてこられると唐突に「お前、今日から私たちの弟子になれ。いいな?あ、拒否権はねぇーから。逃げようとしたら筋肉とゴリラが地の果てまで追いかけて来るからな」と多少の語弊はあるかもしれないが、おおよその内容はこんな感じ。
この要求とは言えない、最早力の暴力に訴えった
ふ ざ け る な!!!
誰が好き好んで身体の限界に挑戦するような地獄の特訓をしなきゃいけないんだよ!!
俺はモルモットじゃねー人間だ!
人間なら自由気ままにスローライフを
日に日に進行して行く胃痛の原因だったアインが去った今なら、血と汗と涙と根性で密かに少しずつ集めていた俺の秘蔵のエロ本を読み漁ることができると狂喜乱舞していというのに……このばーさん、
「
「やめろぉぉぉぉ!!!そんな炎属性最上位級の魔法でわわざわざ燃やさないでぇぇぇぇ──!!俺の
「あ~それと、このことはアインハルトにもしっかりと報告しとくからの」
「このクソババア!俺の聖典を奪ったにも関わらず、今度は俺の息の根を止めるつもりかッ!!」
「ヒッヒッヒ。まさか、お主の好みがエルフーン族の豊満なおっぱ」
「この畜生ババアぶっ殺しやる!!」
「その殺気やよし!しかし、まだまだ甘いわ
「ぐはぁ⁉」
──と、案の定返り討ちにあい、エロ本は灰となって風に乗ってどこかへ消えると同時に俺の心はエロ本同様、真っ白に燃え尽きた。
ふとエロ本を集めるためにアインの目を盗んで時には走り、時には友達に頼み込んで、時には物資船の船長に別の島に行った際に買ってきてほしいと土下座までして、奮闘していた頃の思い出がフラッシュバックした。
必死に貯めて買ったエルフーン族物の限定版が……。
あれ、可笑しいな。目からエリクサーが溢れて止まらないや。
本来ならあらゆる身体損傷を瞬時に癒すエリクサーの筈なのに、俺の傷を癒すどころか虚しさだけが無性に込み上がって来るよ。
「しっかりしな!」
「ひでぶぅっ……⁉」
項垂れている俺に手加減なしのばーさんのビンタに色々と耐え切れず気絶。
ばーさんは気絶した俺の首根っこを掴み、地面を引き摺りながら修行場まで連れて行った。
……せめて、優しく運んで。
その日を境に基礎体力作りが主だった俺への修行は更に苛烈さを増し、一日に見る三途の川が5回から10回に増えることになった。
ばーさんの修行は身体能力の向上や魔法の知識やその危険性を考慮しての対処法、それ以外にも自然と一体化する修行や酸素がなくなった際の長時間呼吸を停止させる方法、水責めにされた時の泳ぎ方、敵のウィークポイントを探し出す観察眼、電流の耐性作りのためにひたすら身体に雷魔法でスパーク、どんな山でも登れるロッククライミング技術、夜間でも視界を奪われないように視力を鍛えたりなどと他にも意味不明な修行のオンパレード。
ばーちゃんの知恵袋かよ。
筋肉モリモリのじーさん場合は武術や武器の鍛錬が多い。
最初の頃は片手剣や短剣や大剣、槍、弓、銃を完璧にマスターするまで終われない鬼畜修行だったが、そこに鎌、サーベル、トンファー、鞭、盾、ハンマー、斧、刀、鎖、レイピアも新たに加わり、身体の関節と筋肉が悲鳴を上げる時間が短縮して毎日が筋肉痛に。
そんな中、古今東西あらゆる武術を極めたじーさんの実践技を受け切って、まだ生きてる俺を褒めてほしい。
だが、武器の鍛錬に鉄パイプや釘バット、傘、丸太、ドリルが追加された日は遂にここ(頭)も筋肉になったかと思ったぜ。
黒いマリモこと喋れる珍獣ゴリラの修行は純粋な実戦で、多分一番多く逝ったと思う。
一日目はバナナで逝った。
二日目は殴った際の空気圧で逝った。
三日目は地面を踏みつけて発生した土砂で逝った。
その後も様々な攻撃で何度も死にかけたが……まあ、実際に三途の川を何度も訪問してけど、今では気絶せずに修行を終えるぐらいには生命力が上がった。
生命力だけならゴキブリを超えたかもしれないとゴリラに褒められたが、比較対象が最悪すぎてこれぽっちも嬉しくない。
それから、死に体になった俺を見て、だからどうしたと言わんばかりにエリクサーをぶっかけて完全回復させるのやめろ!
死体にだって人権があるんだよ!
そんな地獄のようなルーティンを毎日繰り返している俺は泣いてもいいと思う。
「アインハルトは親譲りの才能と器は計り知れん。10が限界と定められていたとしてもその限界を突き破り、100へと昇り詰めることのできる天賦の才。人の才能を見極め、その場にいるだけで皆を鼓舞し、民衆を導くことのできるカリスマ性を兼ね備えた、正に王の器」
「確かに、父親の才能と器、母親の美貌とカリスマ性を受け継いだ次世代を担う存在になりうる可能性を持つ娘じゃ」
「ウホォ。スポンジのように教えれば教えるほど、どんどん吸収していくあの学習能力の高さは底なしさだぜ。ありゃ」
とある日、珍しく祠の前で集結した三人は疲れ切って地面にうつ伏せになる俺を放置して、幼馴染みのアインハルトのことについて話していた。
「ヒッヒッヒ。なんでも、ラージナ島の封印されてた天魔を倒したらしいよ」
『
その一体一体は並みの魔物、魔獣、魔竜を遥かに凌駕して、その天災ともたとえられるその力は軽々と国一つを滅ぼす程の力を有している。
覇界戦争終戦後、各地に封印されたがその存在とその伝説は今でも語り継がれ、信仰し、崇拝している地域も多いと聞く。
「ほう、既に天魔をくだしたのか」
「そこの瀕死の坊やも加えると将来が楽しみだな」
おい、そこのゴリラ。
俺には天魔と戦う気も予定もないので、期待するんじゃあね。
「アインハルトがスポンジにたとえるならアカリ、お前はさながら真っ白な巨大なキャンパスだよ。どんな色をつけるのか、どんな筆を使うのか、どんな物をモデルにして最終的に絵を創り上げるのか……それは周りの人たち次第。けれど、キャンパスである真っ白なお前がいてこそだ。汚れがつかない限りお前は何の絵にでもなれる可能性──自分自身を曲げない揺れない心を持っている。お前の父親、
つまり、これから多くの経験を吸収して自分自身で強くなっていくアインに対して、俺は純粋な精神でいる限り、周りの人たちから与えられたもので何にでもなれる強さがあると。
だから多種多様な修行をこなさせるのもその材料にするためだと、なるほどこのばーさんが言いたいことは分かった。
ま、それで修行が厳しすぎて、今にも逃げ出したい俺の気持ちは一切揺らぐこともないけどな。
そんなことよりも、強さ云々に興味がない俺からしたらばーさんが親父を知っていることの方が衝撃だ。
この人外三人衆、一体何者なんだよ。
「さて、無駄話も済んだことだし、そろそろ修行を再開しようかの。ヒッヒッヒ」
馬鹿な⁉
まだ、五分しか休憩してないだろ!!
呼吸止めの特訓で酸欠状態のまま全部の武器を使ってゴリラに挑んで、恐らく全治一ヵ月の重体であろう瀕死の俺にこの仕打ち。
お前ら人間じゃねー!!
「つべこべ言うんじゃないよ!さ、修行を始めるよ」
「そうじゃの。体が訛ってもいかんしな」
「バナナ一本食えたから、オレは満足だ」
し、しまった⁉
こいつら人外だった。
加えて、三人の内の一人は人間ですらない。
「あ、あの~俺に拒否権は?」
「「「ない」」」
やはり、俺に拒否権はなかった。
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