Folge 94 とっておきの場所

「ほら、この辺りからですよ」


 到着寸前からこれまでとは違う雰囲気を感じていた。

 気づけば道が広がり野原へと移る。

 少し湿地帯になっているようだ。

 その所為なのか、呼吸を楽しませるような瑞々しい匂いに変った。

 改めて山に来ているんだなと思わされる澄んだ空気。


「こんなに綺麗な緑は見たこと無いな」

「でしょ? でも行くのはこの先なんです」

「ここより凄いってことか」

「ふふふ」


 手を繋いだまま野原を抜けてゆく。

 何かのお話に入り込んだような幻想的な場所。

 オレだけ楽しんでしまって申し訳ないと思ってしまう。

 でもこれは美咲がオレに見せたいもの。

 無粋なことを考えるもんじゃない。

 綺麗な子と歩く素敵な場所。

 ガイドブックでも作った方が良くないか?


 ――――まただ。


 余計なことは考えるな。

 ただ美咲の作り出す最高の世界に浸らせてもらうんだよ。


「そこから上がりましょう」


 野原の外周は木々の壁で囲まれている。

 森の中にぽっかりと出来た場所のようだ。

 外周は一部だけ木の間から日が差し込んでいる。

 美咲に合わせてその隙間へと足を向けた。


「美咲?」


 手を離され、先に行くよう促してきた。


「どうぞ」


 先に抜けるしかないようだ。

 言われるまま足を進めた。


「なんだよ、これは」

「素敵でしょ?」


 確かに。

 こんな所が待っているとは思わなかった。

 抜けてきた野原よりはるかに広い野原。

 そして丘になっている。


「きれいだなあ。幻想的って言うのかな、こういうの」

「私も久しぶりですけど、今でも変わりなくて良かった……」


 朝露が少しだけ残っているのかな。

 部分的にキラキラとしている。

 それもこの場所の特別感に貢献しているんだろう。


「ここが私の連れてきたかった所でした。後はお話できれば……」

「そうだね。丘の頂上辺りへ行ってみようよ。あの先が見てみたい」

「はい、そうしましょう」


 今度はオレが美咲を連れていく形で手を繋ぐ。

 どんな所でも人が入ったことのある所ばかりだろうに。

 よくこの状態で残っていたな。


「この辺かな……って、この景色凄い!」

「今見ても一瞬背筋がゾっとしてしまう迫力だわ……」

「この景色も前に来た時と変わりはないの?」

「はい」


 山脈や山間にある集落が見える。

 美咲はその全てに釘付けだ。


「小さかった時の記憶が一番残っているんですけど、それでも迫力は変わらないです」


 濡れていない場所を探してお互いに座った。


「大きなタオルぐらい持ってくれば良かったな」

「タオル、ですか?」

「うん。それを敷いてさ、どうぞってしたかったなって」

「それじゃあ恰好良すぎて緊張しちゃいます。ほんとにもう、優しいなあ」


 これは少しだけカッコつけたかったから。

 確か映画だったと思うけど、そんなシーンがあったんだよね。

 実際にすると、実は変かも。


「カッコ悪くないか? 冷静に考えたら引かれる気がして」

「気を使ってもらうことは嬉しいですよ。特にこういう場所ですし」


 街中だと人目が気になる分、恥ずかしくなるのか。

 二人きりで自然の中なら。

 場所がちがうと印象って随分変わるもんだな。


「穿いているのもジーンズですから大丈夫です」

「そっか。山仕様にしてあるのはこういう時にも生きるのか」


 当たり前のことでも感心してしまった。

 カッコつけようなんて似合わないことを考えるもんじゃないな。


「ここはいつまでも残っていて欲しいです」

「余程思い入れのある所なんだね」

「小さい頃、咲乃と二人で遊ぶしかなかった時に見つけたんです」

「へえ。大事な所に連れてきてもらって光栄だよ」

「その理由は分かりますか?」


 長い髪を前に垂らしながらこちらを覗き込む。

 正座を崩した座り方。

 女の子らし過ぎて思わずじっと見てしまうじゃないか。


「えっと、好き……だから?」

「自身過剰ですね、なんて言いませんよ。その通りです」

「焦るだろ? みんなオレで遊びたがるんだから困るよ」

「それこそ好きだからですよ。何かしら一緒にしていたいから……」


 良い意味ならいくらでも弄りに来てくれて構わない。

 寧ろ、来てほしい。


「オレもね、美咲のことが好きなんだよ」


 美咲は目を丸くしている。

 自然に醸し出ている色気を置き去りにして。


「前から言っていることだけど、美咲だけじゃなく弟妹とさくみさ、みんなね」


 その言葉で元の美咲に戻った。

 少し沈んだ顔だけどね。


「みんな、ですか」

「それは知っていることだろ? ただ、さくみさのことは――――」


 沈んだ顔に期待が混じる。


「妹級に好きになっているんだ。咲乃に伝えた言葉がこれだよ」

「妹級……それは、彼女級ってことじゃないですか!」

「あはは。咲乃と同じ答えが返ってきた。妹と同じように双子なのを実感するね」

「それを伝えられたから……咲乃が料理を振舞った気持ちがわかりました」


 妹級イコール彼女級。

 妹は彼女だから……彼女ってことになるのかな。


「級と言っても、妹ちゃんたちは彼女。なら私たちも彼女と言えますよね」


 同じ事考えていたね。

 やっぱりそうなるのかな。

 いっそそうするか?


「ウチの妹と、そちらの妹。一緒に彼女とか、そんな状態でもいいの?」

「周りのことなんてどうでもいいんです。サダメちゃんのモノになれればそれでいい」

「モノ扱いする気はないよ?」

「今、主従関係でしょ? それでも凄く嬉しいんです。サダメちゃんの中に入れてもらえたようで」

「凄いな。それも咲乃が言っていたよ。そんなに好きなの?」

「サダメちゃんしか考えられません……凄く好きなんです。彼女に、なれませんか?」


 姉妹揃って同じ人に同じ想い……。

 こういうのって揉めるはずだよね。

 なのに妹もさくみさも、自分が彼女として認識してもらうことが重要で。

 それが叶えば幸せだと。


 ――――幸せに、なれるのか。

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